03.シュトーレン家と領地
「アーニャしゃんはここにいて大丈夫ですの?」
「アーニャとお呼び下さい。お嬢様。あと、堅苦しい言葉使いも私には不要です。ご質問の答えですが、私はお嬢様のお世話をするのが仕事ですので」
「分かったわ。アーニャ。ねぇ、おはなち相手になってくれないかちら。することなくって」
「もちろんです」
「することがない」とか「暇だ」とか言えるのは前世では凄く羨ましいと思っていたのに、いざすることがなければ、これ程困ったことはないと実感する。特に今は幼女で一人で出来ることも限られてくる。
あぁ、早く大きくなりたい……などと考えているとアーニャが『私』を抱き上げ、ソファーに座らせてくれる。
体が沈み込むほど柔らかいソファーに、『私』はつい体を上下に揺らし、その柔らかさを思う存分堪能する。暫く遊んでいると、上の方から視線を感じる事に気が付く。恐る恐る上を見上げるとアーニャが良い物を見たと言うかのような笑顔で微笑んでいた。
『私』は自分の醜態を見せびらかしてしまった事に急に恥ずかしくなり俯く。
(いい大人が何をしているんだろう。いや、今は子供だけどね。)
そう心の中でツッコミを入れ、気持ちを入れ替えるように咳払いする。
アーニャは私の醜態なと気にする様子はなく、『私』が寝ていた大きなベッドに向かって歩いていく。すぐに戻ってきたアーニャの手には50cmほどの背丈をしたクマのぬいぐるみがあった。
「良ろしければ、こちらをどうぞ」
「ありがとう」
アーニャに渡されたので、『私』は反射的に受け取ってしまった。せっかくだからとそのまま抱っこしてみると、ぬいぐるみの大きさが『私』の体にジャストフィットする。ぬいぐるみの毛並みは柔らかくほんのりと温かさを感じ、抱き枕に最適だと幼女は心地良さに酔いしれていた。
「アーニャもこちらに座りなちゃい。立っているとおはなちできないわ」
「畏まりました。失礼致します」
『私』は自分の横をポンポン叩いてアーニャに座るように催促する。それを見たアーニャがふわりと笑って一礼した後、そっと横に座わる。
「では、お嬢様。何の話を致しましょう?」
「じゃあ、このお屋敷についておちえて」
『私』の要望にアーニャは一瞬目をぱちくりさせたが、すぐに笑顔に戻り、語り始めた。
アーニャによると、ここシュトーレン家はエルサントレア王国の南方に位置し、王都についで二番目に広大な辺境の領地を預かっている。
父の名はゼパイル・シュトーレン。34歳。シュトーレン家が侯爵の爵位を授かったのは150年前と歴史は古い。
この世界での侯爵は辺境伯という意味合いが強く、東西南北の領地をそれぞれ管理している領主が4大侯爵と呼ばれている。侯爵の領地は国境に面しているため、独自の軍隊を持つことが許されている。
シュトーレン家が治めるここマリンフォードはほぼ海沿いなので、国境に面しているわけではない。しかし、海から敵国が攻めてくる可能性がゼロではないことと貿易の重要拠点として商人や他国民の入国が盛んで色々と問題も多いことから、侯爵位と軍隊を持つことを許可されているらしい。
父ゼパイルはマリンフォード軍の総隊長であり、王国屈指の騎士で14年前に起こった大魔獣討伐で大活躍したのは有名な話なのだとか。今でも国王からの信頼も厚く、王命で領地外にも駆り出されることも多い。そのため領主の補佐としてゼパイルの弟であるウィードが任されているそうだ。イケメンで優しく強いゼパイルは老若男女問わず領民に人気があり慕われているとのこと。
(まず一番何が言いたいかって?まず……シュトーレンって、発酵菓子かい!!南方の海の街なのに名前はクリスマスかよ!!)
と、話を聞きながら心の中でツッコミを入れてしまったのは、内緒である。
(というか……今、騎士って言った?大魔獣って言った?ファンタジーの世界やん!!)
『私』のテンションが上がった所で次に話が移る。
母の名前はエレイン・シュトーレン。30歳。元は公爵令嬢であったが、ゼパイルが14年前の活躍の褒美としてエレインとの結婚を希望したらしい。その美貌は多くの女性の憧れだとか。
(それはそうだよね。お母様は美しいもの。)
兄弟はアルフ兄様とカミル兄様がいる。アルフ兄様は11歳。現在、王都内にあるエルサントレア王立魔法学園に通っている。そのため、週末か長期の休みしか帰ってこないらしい。
カミル兄様は7歳。来年の学園入学までに、ある程度魔法を出来るようにしないといけないらしい。なので、家庭教師には必要な学問を、マリンフォード軍の演習場で父の部下に剣を習っているそうだ。
『私』の名前はエリザ・シュトーレン。2歳。幼いとは思っていたが、まだ3歳にすらなってなかった事に驚く。道理で呂律が回りにくいというか、「さ」と「し」の発音が出来ないはずだ。
あとはここで働いている人の事も教えてくれた。ちなみにアーニャ達はメイドじゃなくて侍女と呼ぶようだ。
そんな話をしている間に、昼食の時間になったようで、他の侍女が昼食を部屋まで運んで来た。そのままソファーで昼食を食べる事になったのだが……。
(ううっ、やっぱり味気ない……。)
食べる意欲がわかず、プカプカ浮かぶ豆で遊んでいた『私』は途中で眠気に襲われる。2歳児のお昼寝の時間には到底勝てそうにない、と早々に諦めた『私』は、そのまま眠りに落ちたのたっだ。




