06. 命の譲り方
都筑 は未知の経験をした高揚感が冷め、心が少し沈んでいるのが分かった。
無意識にポケットの中で、ピルケースの溝を爪でカリカリと引っかいている。これが、考え事をしている時の癖だと、自覚したのはいつだっただろうか……。
どうしたものかと思案していると、ふと隣にいたみことと目が合った。軽く微笑み返すが、少女は何も言わず少年の方を向き、この事態をぼんやりと眺めている。
やはり、この子は……。
都築はみことの表情を、昔の自分と重ね合わせた。
希望を持つ事を辞め、ただ状況に流されながら生きていく。そんな処世術が、自然に身に付いてしまった、あの頃。
もしこの子も、そんな何かを背負っているのだとしたら。諦めたと思いつつも、心の奥底は救いを求めているのだとしたら……。
「これ以上、説明する事は特にありません」
少年の態度があまりにもそっけなく、新たな情報が出てこないので、取り囲んでいた人々の輪が解け始めていた。
都築は、そんな輪の中心に向かって歩き出す。
「珠を譲渡するには、どうすればいい?」
少年の前まで進み出て、都築はそうたずねた。少年は都築の顔を見返し、少し間をおいてから返答する。
「……譲ると念じてから、自分の珠を、相手の珠に重ね合わせてください」
「わかった」
そう言って都築はきびすを返し、みことの元に向かった。何をするのかと、人々の視線が都築の後を追ってゆく。
「君の珠を出して」
都築がそう言うと、少女は言われるがまま、自分の珠を差し出した。都築の意図も、大事な珠も、全てに関心の無いような反応だった。
都築は優しく微笑みながら、自分の珠を少女の手のひらにそえる。
「君に俺の珠をあげるよ。もし生き返れたら、辛くても楽しい、価値のある人生を送れるといいね」
都築の珠が、みことの珠と触れ合った瞬間、ほのかに光り輝いて融合した。ひとつになった珠を呆然と見つめてから、みことは都築の顔を見上げる。
どうして、私なんかに?
そんな、怪訝な表情だった。
都築は何も言わず、ひらひらと手を振って、再び少年の元に戻っていく。
「珠を譲り終えた人間は、どうすればいい?」
そう問われた少年は、少し驚いた表情で都築を見る。そして、面白そうに微笑んで言った。
「何もする必要はありません。みなさんと一緒に、7日経つのを待ってください」
そう言われた都築は、不満げな表情をする。
「譲った者は、退場するんじゃ無いのか……」
そうつぶやく都築を、少年は興味深そうに観察していた。
都築の行為を、人々は驚きを持って見守っていた。そんな彼らに向かって、少年は高らかに言う。
「さあ、残された時間で、考え抜いてください。あなたが取るべき、最後の選択を!」
少年の元から帰ってきた都築を、結衣香は怪訝な表情で見つめ、率直な質問を投げてきた。
「自分が生きたいと思わないの?」
都築は、苦笑しながら答えた。
「まあ、なんて言うか……。そういう順番だったんだよ」
意味がよく分からないという表情の結衣香は、さらに何かを問いかけようとしている。
そんな彼女に向かって、都築はひと言謝りを入れた。
「ごめんね」
「え?」
謝られる理由が分からず、結衣香はさらに困惑した表情になる。
「君に譲るという選択肢も、あったと思うんだけど……」
都築の言葉が予想外だったのか、結衣香はあわてふためいた。
「な、何言ってるの!? そんなの、謝るようなことじゃないよ……」
彼女はさらに何かを言おうとするが、急に頬を赤らめてうつむいてしまう。どうかしたのかという都築の問いにも、首を振って何も答えない。
彼女の気に触るようなことを、言ってしまったのだろうか?
都築が戸惑っていると、結衣香は恥ずかしそうにぽそりとつぶやいた。
「私、そんなに物欲しそうな顔してた?」