02.駆け引きの代償
梓は、焦っていた。
「ねえ! 私とやりたい人、いないの!?」
そう男たちに向かって叫んでも、困ったような視線が返ってくるだけだった。
誘いに乗ってこない男たちは、梓を見下す様な態度を取ることはない。本来なら好感を感じるのかもしれないが、今はそれが無性に腹立たしかった。
梓は今日も、なんとかふたりの男性と、交渉を成立させていた。これで、集まった珠は31個になる。
しかし、それ以降に交渉に応じてくれる男は現れず、この数時間を無駄に過ごしていた。
交渉対象となる男性は、それなりに残ってはいる。しかし、どんなに色目を使っても、取引に応じてくれる気配がなかった。
性欲は強力なものだが、それが全てではない。
何を重視するかは、人によって違うのだ。生死に関わる状況であれば、なおさらだろう。
梓はもともと、この交渉方法には限界があると分かっていた。だが同時に、もう少しだけ、珠を手に入れる余地があるとも感じている。
「あと、2つや3つ……」
交渉方法を変えるにしても、自分の体以上に魅力的な交換材料は見当たらない。
梓は意を決して、ある男の元へ向かった。
以前と同じように、山寺 善一は人が少ないスペースで寝転んでいた。その姿は、まるで日向ぼっこでもしているかの様な優雅さだ。
梓は彼の足元に立ち、少しきつい口調で声をかける。
「あなたの条件、飲んであげる」
梓に気付くと、彼は勢いよく体を起こし、どしりとあぐらを組んだ。山寺は薄笑いを浮かべながら、梓を見上げて言った。
「さて、どんな条件だったかな?」
彼の声はにこやかだが、その目は全く笑っていない。何を企んでいるかわからないその瞳を、梓は不快に感じていた。
あまり関わりたく無いタイプの男だが、もうそんなことを言っている余裕は無い。
彼が提示していた1番安い条件を、梓は逆提示した。
「3時間で、5発がお望みなんでしょ?」
冷静に努めても、梓の声は少しキツくなってしまう。対して善一は、余裕の表情でとぼけてみせた。
「そんな、条件言ったか?」
「言ったわよ! これ以上、譲歩はしないから!!」
しかし、善一は梓の主張を一笑する。
「そんなもん、状況次第でいくらでも変わるだろ! そもそも、引くて数多なら、譲歩なんて必要ないんじゃないか?」
「……」
善一の言葉に、梓は口ごもる。
「そうだな。まる1日、俺の女になるって言うなら、考えてやるよ」
「ふ、ふざけないで!」
「検討の余地は、あると思うがね。タイムリミットだってあるんだ。珠を手に入れるチャンスは、そう多くはないぜ? 」
梓は内心、その条件を飲むべきか迷っていた。しかし、一度条件を変えてしまったら、それがスタンダードになってしまう。残り日数を考えるまでもなく、そんな提案を飲む訳にはいかない。
「……」
梓が深刻な表情で考え込んでいると、善一が爆笑しながら言った。
「まあ、ここらで妥協してやるか。欲をかきすぎても、ろくなことはないからな」
その言葉を喜ぶでもなく、梓は善一を睨みつけた。交渉という体で、単にもてあそばれている気がする。
善一は指を3本立てて、梓に向かって突き出した。
「提案通り、3時間で応じてやるよ」
「本気で、言ってるわよね?」
「もちろん」
梓が疑り深く善一に問いかけると、彼は笑いながら同意した。
「それじゃあ、交渉成立ね……」
自分の条件が受け入れられたのに、梓は何か失敗したかの様な感覚に陥った。だが、そんな気持ちを振り払い、善一に甘い声でささやく。
「痛いのはイヤよ。優しくしてくれる?」
「もちろんさ」
そう答えた善一は、無造作に梓を抱き寄せた。抱きしめられると、彼の肉体のたくましさに気付く。予想外の力強さに、梓の体に緊張が走った。
「時間一杯。じっくり、たっぷり、付き合ってもらうぜ」
そう言うと、善一はとても繊細な手つきで、彼女の体をなで始めた。太ももからお尻、そして背中へと、彼の指がゆっくりと体のラインをなぞってゆく。
善一は、本当に時間をかけて楽しむつもりらしい。丁寧に、何度も何度も、梓の体をこねくり回した。
「わ、私もしてあげようか?」
「後でな。今は、俺に任せてくれよ……」
梓のそんな提案も、無下に断られてしまう。
今までの男たちであれば、梓が主導権を握るのは簡単だった。しかし、善一は巧みに梓の自由を奪い、それを許してくれない。
梓の首元を、スンスンと嗅ぎながら善一が言った。
「今だけ、善一って呼んでくれよ。梓」
「な、名前で呼ばないで」
首筋を舐められた梓は、身をよじりながら、その要望を拒む。
「いいだろ? その方が、雰囲気出るじゃねえか」
善一は梓の後頭部をつかむと、強引に引き寄せてキスをした。抵抗するよりも合わせた方が楽だと、梓の唇がそれに応える。舌を絡め合うキスが、息が苦しくなるほど続いた。
それから、善一は梓の後ろから抱きついて、彼女の形の良い胸を揉みしだく。そして、ゆっくりとシャツのボタンを外し始めた。
善一に嫌悪感を持ちつつも、もみほぐされた梓の体が、熱を持ち始めていた。彼の指先ひとつで、梓の体は敏感に反応してしまう。梓も経験豊富な方だが、どうやら相手の方が一枚上手らしい。
善一は梓を横たえると、左手で彼女の両腕を頭の上で押さえつけた。余った右手と彼の舌が、身動きできない梓の肌の上をすべってゆく。
スカートを下ろしたところで、善一があることに気付いた。
「あんた、子供がいるんだな。これ、帝王切開の跡だろ?」
梓のおへそから十数センチ下に、弧を描いた傷跡があった。梓は巧みに全裸になることを避けていたので、今までは悟られずに済んでいたのだ。
「そんなの、どうでもいいでしょう!」
梓は怒り、自分の腕を振り解こうともがいた。プライベートな部分を、善一に触れられたくは無かった。
傷を恥ずかしがっていると勘違いしたのか、善一が変なフォローをする。
「俺は好きだぜ。傷ひとつに、人の人生を感じる。使い込まれた体の方が、愛着が湧くってもんだ」
傷跡を指先でなぞられて、梓は憤怒の表情で善一を睨みつけた。それが彼の性癖に刺さるのか、彼は顔を歪めて笑う。
「いいね。人生最後の相手として、あんたは理想的だ」
彼はそう言うと、我慢ならないといった感じで、強引に梓の体内に踏み込んできた。
善一は、まさに絶倫だった。
鍛えられた体で、梓は休む事なく突き上げられた。梓の腕や頭を地面に押しつけ、欲望のままに腰を叩きつけて来る。
梓は抗うことを許されず、ひたすら耐えるしかなかった。善一の滴る汗が、顔や体に降り注ぐが、ぬぐう余裕もない。ひたすら、この行為が早く終わることを祈っていた。
お互いのあらゆる体液が混じり合い、その場の湿度を上げてゆく。
「そろそろ、趣向を変えるか」
善一がそう言うと、梓はあり得ない角度からの痛みに悶えた。
「っつ! どこ、入れて……」
「ははっ、命と交換なんだ。余すことなく、使わせてもらうぜ!」
「いっ、やめて! いや!!」
湧き上がってくるおぞましい感覚に、梓はたまらず悲鳴を上げる。
しかし、その声は力無く、白い部屋に響き渡ることなく消えた。
「よかったぜ。これで、悔いなく死ねるってもんだ……」
梓はぐったりと、全裸で地面に突っ伏していた。体を隠す気力もなく、善一の言葉に反応することも出来ない。
そんな梓の状況を見て、善一は苦笑しながら、無造作に何かを投げる。
「ほらよ」
カツンという小さな音が、連続して小さくなってゆく。
それが珠だと気づいた梓は、必死に体を起こすと、音のする方向に這いずった。そして、転がる珠を、あわてて手中におさめる。
その様子を、善一は薄笑いを浮かべながら眺めていた。
「あんたの執念には、脱帽だ。せいぜい、頑張れよ!」
そう言って、笑いながら善一が去ってゆく。
珠を手に入れて安堵した梓は、身体の力が抜けると共に、涙腺が緩むのを感じた。
「まだ、泣いてる場合じゃない……」
梓は何とか気持ちを落ち着かせようとするが、体の震えを止めることは出来なかった。




