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15.魔が差すままに

 数日後、蘇我田が大学の校内を歩いていると、前方に和馬が待ち構えていた。


「久しぶりだな……」


 和馬がそう声をかけて来たが、蘇我田は無視して横を通り過ぎる。和馬は蘇我田の後に続きながら、話しかけてきた。


「もうちょっと、マシな言い方は無かったのか? ゆかり、泣いてたぞ……」


 その言葉は、蘇我田を余計に苛立たせるだけだった。蘇我田の歩くスピードが、少しずつ速くなっていく。返事がないのも気にせず、和馬はさらに言葉を続けた。


「お前のアイデアなくして、ベルテックスが存在しないのは確かだ。だけど、もう少し周りの声を聞いて、人に頼るべきだ! 自分の都合の良い意見だけ聞いて、独裁的に物事を決めるというのは、破滅へのお約束だぞ!」


「何を偉そうに!」


 振り向かずに、蘇我田はそう吐き捨てた。しかし、和馬の言葉は続く。


「運営批判したやつは、軒並み垢BANしてるらしいな。冷静さを欠いてるんじゃないか? 不満の熱量を見誤ると、致命的な炎上に繋がるかもしれないぞ!」


「余計なお世話なんだよ!」


 蘇我田は我慢出来なくなり、振り返って和馬に怒鳴る。


「お前の出番は、もうない! お前がいなくても、ベルテックスは成長し続けるんだ!!」


 和馬と相対した蘇我田は、罵り合いを覚悟していた。しかし、和馬は怒っている様子も無く、落ち着いた態度で蘇我田に言った。


「お前の才能は、みんなが認めてる。そして、ベルテックスには可能性がある。今すぐじゃなくていい。協力が必要になったら、いつでも言ってくれ」


 予想外の言葉に、蘇我田は虚を突かれた。しかし、和馬の余裕ある態度が、自分を惨めにさせる。


「そんな必要は、絶対にない!」


 蘇我田は和馬に背を向けて歩き出すが、彼がついてくる気配はなく、もう振り返りはしなかった。




 蘇我田は自販機で買ったコーヒーを飲み干し、空き缶をゴミ箱に投げ捨てた。勢いよくベンチに座るとスマホを取り出し、画面に見入る。ベルテックス上には、また新たな運営批判が書き込まれていた。


『運営を批判したら、垢BANってひどいな』


『質の高い議論が魅力的だったのに、人数が増えすぎてぬるくなったし、運営がこれじゃあ終わりだな』


 取るに足りない発言も多いが、蘇我田は何も考えずに、批判的なユーザーを削除していく。


「どいつもこいつも、勝手なことばかり言いやがって!」


 目に付いたユーザーを片っ端から削除した蘇我田は、スマホを座ったベンチに放り投げた。そして、ベンチに体を投げ出して、天を仰ぐ。


 何もかもが、どうでもいい。


 あれだけ注いでいたベルテックスへの情熱が、すっかり薄れてしまった気がする。やらなければと思うのだが、まるでやる気が起きないのだ。


 そして、その原因を蘇我田は、ハッキリと自覚していた。


 ゆかりが運営チームにいるだけで、蘇我田は打ち合わせが楽しみだった。ちょっとした成果でも、彼女が誉めてくれれば高揚感に包まれた。ただ彼女に認めてもらいたいから、ここまでがむしゃらに頑張ってきたのかもしれない。


 しかし、その彼女はもう隣には居ない。どうあがいても、元の関係には戻れないのだ。


「蘇我田くん!」


 蘇我田がベンチで虚空を見つめていると、久美子が小走りでやって来た。ベンチに置かれていた蘇我田のスマホを拾い上げると、当然のように隣に座り体を寄せて来る。そして、反応の薄い蘇我田を見て、怪訝そうに聞いた。


「蘇我田くん、なんか疲れてる?」


 ぼんやりしていた蘇我田は、自然に弱音が口をついた。


「組織運営って、難しいな……。みんなが、勝手なことばかり言い始める。俺の言うことさえ聞いていれば、成功は間違いないのに……」


 いつもと違う蘇我田の反応に、久美子は目を丸くする。そして、微笑を浮かべながら、蘇我田の背中に優しく手を回して言った。


「リーダーって大変だね。気晴らしに、飲みにでも行こうよ!」


 この、ビッチめ!


 擦り寄ってくる久美子に、蘇我田は心の中で毒づいた。しかし、今は言葉ほどの嫌悪感はない。


 強い者に簡単になびく久美子を、蘇我田はずっと軽蔑していた。すり寄られた男は、久美子を軽い女として消費するのだが、彼女もそれを望んでいるように思える。


 久美子と付き合うつもりはないが、軽く遊ぶくらい良いのではないか。そんな邪な考えが、蘇我田を支配した。


「たまには、そういうのも良いか……」


「ほんと!? 行こう、行こう!」


 そうして、蘇我田は久美子に腕を引かれながら、夜の繁華街に繰り出した。誘われるがままに、個室風のおしゃれな居酒屋に入り、しっとりと酒を飲み交わす。


 ほろ酔い気分で、蘇我田はそっと久美子の手に触れると、彼女が湿った瞳で見つめ返してくる。


 こいつはそういう女だし、何も遠慮することはない。蘇我田はそう思いながら、彼女とキスをした。久美子は嫌がることなく、むしろ積極的に唇を押し付けてくる。


 体温が上昇し、視界に薄いピンクのフィルターがかったように感じる。


 そうして、蘇我田は久美子と一夜を共にした。

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