表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/79

11.可能性と危険性

 ベルテックスのサービス開始から、1年ほどが経過した。


 会員は3000名を超えたが、SNSとしてはまだ小規模と言える。しかし、少し閉鎖的なベルテックスの特性を考えると、かなり順調と言えるのかもしれない。


 その証拠に、一般のニュースメディアに取り上げられるなど、一部界隈でベルテックスの知名度は上がっていた。蘇我田の目論見通り、優秀な人間が集まるSNSとして、世間の注目を集めるようになってきたのだ。



 蘇我田は上機嫌で、いつものカフェのドアを開く。運営メンバーに緊急招集をかけたのだが、席で待っていたのは詠流とゆかりのみで、和馬の姿は無かった。


「和馬のやつ、今日も非公式イベに参加してるって?」


「うん。面白そうなテーマだからって……」


 蘇我田の問いに、詠流が申し訳なさそうに答える。


「あいつは、本当に目立つのが好きだな!」


 蘇我田の言葉には、呆れを通り越した苛立ちが感じられた。


 和馬の司会は評判が良く、非公式イベントの進行を頼まれることも多かった。和馬はそれらの依頼を馬鹿正直に受け、毎週のように何らかのイベントに参加している。


 それ故に、和馬はベルテックスの顔として認知されていた。彼がベルテックスの創設者だと、勘違いしている者もいるほどだ。


 また、メディアの取材を受けると、毎回のように和馬も連れてきて欲しいと頼まれていた。ビジュアル要員として役立つのは認めるが、創設者である自分より、和馬の方が大きく取り上げられるのは腹が立つ。


 苛立ちの表情を浮かべていた蘇我田は、ゆかりの視線に気付き、あわてて表情を和らげる。


「急に呼び出して、悪かったね」


 蘇我田の言葉に、彼女は少し困った顔をしながら答えた。


「私たちも、相談したいことがあったから……」


「ケンカだって?」


 蘇我田の問いに、詠流が詳細を報告する。


「非公式イベントで、乱闘寸前の騒ぎがあったらしいんだ。周囲が止めたから、暴力沙汰にはならなかったけど……」


 サービスが大きくなると、偏った主張をする連中も増えてきている。そして、一定の政治色を持ったイベントが開催されている事を、蘇我田たちも認識はしていた。


 しかし、特定の議題を禁止することもできないので、黙認するしかなかったのだ。


 ベルテックスのSNS上でも、センシティブな議論が白熱し、書き込みが荒れるということはある。しかし、ふさわしくない発言は評価を下がる仕組みのおかげか、それほど大きな問題になったことはなかった。


 だからこそ、リアルを少し甘く見てしまったのかもしれない。


「それで、どうなった?」


 蘇我田が、詠流に続きをうながす。


「SNS上で、まだ言い争いが続いてるんだ。もう、単なる暴言になってて……」


 蘇我田は該当のスレッドを確認し、眉をひそめて吐き捨てた。


「もう、子供の喧嘩だな!」


「……どう対処すればいいかな?」


 詠流の問いに、蘇我田は間髪なく言い放つ。


「双方、垢バンしてしまえ! もう、どちらが正しいかなど関係ない!」


 ユーザーを強制退会させるのは、運営の最終手段である。詠流は躊躇して、蘇我田にもう一度念を押した。


「それで、本当に大丈夫かな……」


「利用規約にも記載しているし、ベルテックスは無料のサービスだ。問題など、何ひとつない!」


 詠流とゆかりは戸惑いながらも、反論することなく我田の方針を受け入れた。対象ユーザーの言動を見て、その判断も仕方なしと感じたのだろう。


 そして、ゆかりがためらいながら、もうひとつの事案を切り出した。


「顔見知りのメンバーから相談されたんだけど、イベントにナンパ目的で来ている人がいるらしくて……」


 レベルの低い話に、蘇我田は苛立ちを隠せずに言った。


「ベルテックスを、その辺のバカサークルと一緒にしないで欲しいな。女が欲しいなら、別でやってくれ! どんな奴だ?」


 蘇我田はユーザー名を聞き、そのプロフィール画面を確認する。所属する大学も、ベルスコアのランクも大したことはない。発言履歴などを見ても、優秀だと感じるポイントは、何ひとつなかった。


「こいつも、脱会させろ!」


 そのなげやりな判断に、ゆかりが驚いて問い返す。


「そんな簡単に、決めてしまっていいの?」


「ベルスコアのランクは、信用度でもあるんだ。低ランクのユーザーに、いちいちかまってられるか!」


 詠流もゆかりも、蘇我田の独善的な判断に何か言いたげだった。しかし、真っ向から反対するほどの意見はないのか、反論はしてこない。



 微妙な表情を浮かべるゆかりに、蘇我田は努めて明るく、今日の主題を語り始めた。


「そんなことよりも、大きな講演会を開くぞ! 誰もが知っている、著名人を呼ぶんだ!」


「著名人?」


 ふたりは怪訝そうな顔で、蘇我田の顔を見る。


「ゲストは、御子柴 大輝!」


「ええ!? あの、ネットボックスの社長!?」


 御子柴 大輝は、急成長したショッピングアプリの創業者だ。


 金持ちを見せびらかすような派手な生活に加え、SNS上でビジネスプランを募集し、実際に数千万円の投資をするなど話題に事欠かない人物だ。


 人の感情や慣例を無視した発言で批判を呼ぶこともあるのだが、熱狂的な信者も多い。今、世間から注目を浴びる、カリスマ経営者のひとりだった。


「一体、どんな手段を使ったの? 大手メディアでも、出演交渉は一苦労だろうに」


 詠流の疑問に、蘇我田はさらりと答える。


「正攻法だよ。SNSのダイレクトメッセージで、何度かコンタクトした。やっと、ベルテックスに興味を持ってくれたのさ」


 蘇我田の行動力に、詠流もゆかりも感嘆の表情を浮かべる。


「大学のホールを借りて、会員以外の一般客も入れようと思う。映像も撮影して、ネットにアップするぞ。ベルテックスを世間に知らしめる、最大のチャンスだ!」


 熱を帯びる蘇我田の言葉に、ふたりの沈んでいた表情が明るくなる。飛び込んで来た大きな話題に、先程の問題は些細なことのように感じられた。




 それから、運営メンバーは講演会の準備に奔走した。様々な関係者と交渉し、なんとか希望の条件での開催にこぎ着ける。


 イベントの告知を出すと、すぐさま情報が拡散し、大きな注目を浴びた。話題の著名人ならではの効果だが、御子柴信者たちの反応は早かった。


 一般の参加募集が始まると、20名と少ない定員に対し、千人を超える応募が殺到したのだ。


 イベント招待枠のほとんどが、ベルテックスの会員向けなので、それを求めて入会者も激増した。ベルテックスに招待して欲しいと言う声が、SNSで溢れたほどだ。


 会員向けの招待枠も抽選なのだが、ベルスコアが高い者ほど当選しやすくなるという、特殊なルールを設定していた。そのため、入会した御子柴信者たちは、少し先の抽選日まで、スコアを上げようと必死に活動を始めている。


 その結果、小さな非公式イベントまで、参加希望が殺到する事態となった。大きな混乱がなかったことは幸いだが、ベルテックスのSNS全体が、異様な熱気に包まれている。




 大学側との打ち合わせを終え、蘇我田は構内の自販機でコーヒーを購入した。プルトップを押し上げ、苦くて黒い液体を勢いよく飲み干す。


 イベントが注目されたことにより、大学の内外から蘇我田に問い合わせが殺到していた。ほとんどが取るに足らない便乗話だったが、時折見逃せない提案があり、確認は怠れない。


 会場の設営などは人手が足りず、会員からボランティアも募っていた。運営メンバーも大所帯となり、指揮系統の構築に苦労しつつも準備は滞りなく進んでいる。


 しかし、全ての中心となる蘇我田は、目が回るほどの忙しさだった。様々な対応に連日睡眠不足で、疲れと共に大きなため息が出た。


「蘇我田くん!」


 蘇我田が空き缶をゴミ箱に放り込むと、顔見知りの女が声をかけてきた。


 彼女の名前は、池内 久美子……だったはずだ。


 非公式を含め、熱心なイベント参加者のひとりなのだが、その割にはベルスコアは大して高くない。やる気はあるのだが、回りくどい話し方で、何を言いたいかがよく分からないことが多かった。いつも空回りしている印象しかない、そんな女だった。


「ねぇ。御子柴社長の講演会、チケット余ってない?」


 久美子はなれなれしく、蘇我田に体を寄せて来る。


「抽選だからな。余るようなモノじゃない」


 蘇我田は、そっけなくそう答えた。


 久美子はブスとは言わないが、ゆかりに比べたら数段見劣りする。そんな女とはさっさと別れ、自分の仕事に戻るつもりだった。


「そんなこと言わないで、参加させてよ! ボランティアとして、働くからさあ」


 そう言って、彼女は蘇我田の腕を取る。さらに体を寄せてくるので、蘇我田は彼女の胸の膨らみを腕に感じ取った。


 こいつ、わざとやってるのか?


 安い誘惑に乗るものかと思いつつも、蘇我田はその腕を払いのけなかった。自分に必死で媚びを売ろうとする彼女を見下しながら、微かな腕の感触を楽しんでいる。


 久美子はスタイルだけは良く、後ろ姿だけならゆかり以上の美女かもしれない。そんな彼女の体を盗み見つつ、蘇我田が言った。


「スタッフとして働くなら、考えてやるよ」


「ホント? やった! 約束だよ!!」


 久美子はそう言って、身体をさらに預けてくる。さすがに人目をはばかり、蘇我田は彼女の腕を払いのけた。


 こんな女でも、御子柴の接待には役立つだろう。そんな考えで、蘇我田は久美子を運営に招き入れた。


 同時に、ベルテックス内での自分の権力を、誇示したかったのかもしれない。


 しかし、蘇我田はこの判断を、後に大きく後悔するのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ