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02.意識の高いサイコパス

 蘇我田は珠を手に入れるための勧誘方法を、演説から対話へと切り替えることにした。


 そろそろ演説が同じ言葉の繰り返しになっていたのと、うるさいと批判されることが増えたので、やり方を変えようと考えたのだ。


「何を話されているんですか?」


 年金暮らしと思しき老人たちの集団に、蘇我田は声をかけた。彼の顔を見た初老の男は、少し嫌そうな表情をする。


「こんにちは! お邪魔します!」


「ああ……こんにちは」


 だが、同伴していた花蓮が話しかけると、断りきれずに輪の中に入れてもらうことができた。自分によそよそしい老人たちの態度にムカつきながらも、蘇我田は愛想よく微笑む。


 珠を譲ってくれた花蓮を、仲間に引き入れたのは正解だったかもしれない。老人たちを攻略するのに、彼女の無邪気さは大いに役立ちそうだ。


「元消防士さんなんですか!? すご〜い! やっぱり、赤が好きですか?」


 その老人は痩せ気味で、たくましさなどまったく感じなかった。現役を退き、それだけ衰えたということなのだろう。


 孫くらい年の離れた花蓮と話すと、顔のしわをより深くして笑った。


「消防士だからって、赤が好きってわけじゃないよ。嫌いじゃないけどさ」


「つまり、好きってことじゃないですか!」


 花蓮はどんな話でも、少し大げさなくらいよく笑った。それが相手の緊張をほぐすのか、すぐに打ち解ける事ができるようだ。


 会話が弾むのは良いのだが、花蓮は当初の目的を忘れている気がする。いつまで経っても、なんの実りもないおしゃべりが続き、珠に関する話題がまったく出てこない。


 蘇我田は少しいら立ちながら、強引にふたりの会話に割って入った。


「消防士ですか。立派なお仕事をされていたんですね」


「あ、ああ……」


 盛り上がっていた会話が途切れ、老人との間に微妙な空気が流れる。しかし、蘇我田は気にせずに話し続けた。


「自ら危険を冒して、人々のために働く。そんな信念を、我々のような若者が受け継がないと!」


 蘇我田はずいっと身を乗り出すが、老人は明らかに面倒くさそうな顔をしている。


「どうか、あなたの命の灯を私に託していただきたい! 私があなたの志を引き継ぎ、社会に貢献しましょう。あなたの尊い犠牲は、決して無駄にはしません!」


 若い女の子と楽しく話していたら、別の男が現れて面倒な勧誘が始まる。老人からしたら、まるでハニートラップにでも引っかかった気分だろう。


「そ、そうだなあ。まあ、考えてみるよ……」


 老人は曖昧な返事をすると、花蓮にだけ愛想良く挨拶し、すごすごとその場を去ってしまった。


 蘇我田は軽く舌打ちしつつ、すぐさま隣にいた眼鏡の老人に声をかけようとする。


「あっと、私はそろそろ散歩に……」


 しかし、その老人も蘇我田と目が合う前に、そそくさと立ち去ってしまった。


 気づくと、老人たちは少しずつ減っていき、蘇我田と花蓮だけがその場に取り残された。


「みんな、行っちゃったね……」


 隣にいる花蓮が、ぽつりとそうつぶやく。


「……仕方ない。こういう活動は、地道な努力が必要なんだ」


 蘇我田はぶっきらぼうにそう言うと、次のターゲットを探して歩き始めた。


 そんな蘇我田の後を、花蓮は嬉しそうについてくる。彼女はまるで、友達とボランティア活動に参加したかのように楽しんでいた。


 そんなお気軽な花蓮の態度に、蘇我田はいら立ちを覚える。


「雑談してれば、良いわけじゃないぞ。本来の目的を、忘れるなよ!」


「わかってるよ! そがっちは、短気だなぁ」


 その苛立ちは、珠がうまく集まらない八つ当たりのようなものだったが、蘇我田はそれに気づいていない。


「俺に、珠を託した体験を語ればいい。それが正しい選択だと、相手に印象付けるんだ!」


「うん、うん。わかったよ!」


 花蓮ののんきな返答に、蘇我田は疑わしげな視線を送る。


 こいつは、本当にわかっているのか?


 すでに、指定された期限の半分が過ぎたのに、手元にある珠はたったの3個。短期間でもっと効率的に、大量の珠を集めなければならない。


「時間は容赦なく過ぎていくのに、動こうとするものはほとんどいない。早く自分の愚かさに気づき、俺のような優秀な人間に珠を譲るべきなんだ!」


 蘇我田の話にうなずきながら、花蓮は楽しそうに言った。


「なんか、本当に選挙活動みたいだね。皆さま、そがっちに、清き一票をよろしくお願いしますま〜す!」


 そんな花蓮の態度は、いちいち蘇我田のかんに障った。そして、その何気ないひと言が、蘇我田の苦々しい記憶を呼び覚ます。




 高校2年生の秋、蘇我田は生徒会長に立候補した。


 内申をよくするためでもあったが、自分が人の上に立てる人間だと、証明するチャンスだと考えていた。


「なんとなくの印象で、選挙の投票をするのはやめるべきだ! そんなことだから、国政は馬鹿な政治家であふれ、ゆがんだ政策ばかりが進められていく!」


 全校生徒が集まった体育館で、蘇我田は力強く演説する。


「リーダーは絶対的に、優秀でなければならない! 生徒の皆さんはそれを冷静に判断し、その上で私に投票していただきたい!」


 自分の才能がきちんと伝われば、選ばれて当然。そう考えたからこそ、蘇我田はどの候補よりも熱心に選挙活動を行った。


「生徒会長には、ぜひ蘇我田 真司をお願いします!」


 しかし、生徒会長に選ばれたのは、優しさだけが取り柄のようなつまらない男だった。


 蘇我田はそんな男に、圧倒的大差で負けたどころか、全体で3位になるのがやっとだった。その結果は、蘇我田のプライドを大きく傷つけた。


「なんか、蘇我田ってイタいよな」


 選挙が終わった翌日、蘇我田がトイレの個室に入っていると、クラスメイトのそんな会話が聞こえてきた。


「わかる! 選挙の演説、恥ずかしくて聞いてられなかったわ!」


「自分が1番賢いと思ってるんだろうけど、なんであんなに偉そうなのかね?」


 声からして、彼らは教室では大人しい、陰キャと呼ばれるタイプの生徒だった。そんな彼らが、裏で自分を見下した発言をしている。


「人の話は、まったく聞かねえし。ああいうのを、サイコパスって言うんじゃね」


「意識の高いサイコパス!」


「はは。それそれ!」


 蘇我田に聞かれているとも知らず、クラスメイトは高笑いをあげて去っていった。


 蘇我田は今すぐ飛び出して、彼らを罵倒してやりたかった。しかし、今はまだ、言い返せるだけの実績がない。


「陰口しかできない、バカどもめ。生徒会が何だ! 俺は将来、もっと大きな成功を収めるんだ……」


 便座に座りながら、蘇我田は激しい屈辱に震えていた。

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