04.命の投資先
蘇我田は議論していた輪を離れ、別の場所で演説を始めていた。
佐々木たちとの論争は、内容が浅すぎて調子が狂う。自分が主導権を握ろうとしても、生半可な話ばかりで、核心的な議論に進めることができないのだ。苛立つ蘇我田をわかったようにいさめる者もいて、それが余計に腹立たしかった。
しかし、彼らは蘇我田の話を、真剣に聞いてくれていた。この場所に移動して演説を始めたものの、ほとんどの人がわずらわしそうに去ってしまった。
今、蘇我田の演説を聞いているのは、女子中学生と80歳近い老婆の、ふたりだけだ。
女子中学生は、マッシュボブの茶髪にピアスを付けた、ギャルっぽい印象の少女だった。グレーの制服を着崩し、ネクタイを大きく緩めている。
本人はオシャレと思っているのかもしれないが、蘇我田にはだらしがないとしか思えない。そして、あぐらをかいて座る姿は、清楚さのかけらもないと、眉をひそめていた。
少女の名前は、鈴木 花蓮と言った。
何度か言葉を交わしたが、外見のイメージ通りで、偏差値の低さがうかがえた。簡単な用語をいちいち質問してくるし、話の内容もきちんと理解しているか疑問だ。中学3年で高校受験を控えているが、行けるところならどこでもいいと言っており、向上心のかけらもない。
珠のことさえなければ、関わる価値がない人間。彼女のことを、蘇我田はそう評価していた。
しかし、何を気に入ったのか、花蓮は蘇我田の演説を必ず聞きに来ていた。その態度は真剣そのもので、蘇我田も自然と彼女に向けて演説するようになっていた。やはり、聴衆がいた方が、演説にも熱が入る。
「大学に入った俺は、優秀な人間が、お互いを高め合える組織を創ることにした。次世代を担う人材を集め、旧体質の社会に打ち勝つだけの力が必要だったからだ!」
蘇我田は講演のつもりで語っていたが、花蓮は雑談するかのように聞いて来る。
「それって、部活みたいなもの?」
蘇我田は少し鬱陶しいと思ったが、他に聞いている者もいないので、素直に答える。
「男女の出会いが目的の、ゆるい既存サークルなどに興味はない! 俺が創ったのは、ディベートや社会奉仕活動を通じて、真のエリートが切磋琢磨するためのコミュニティだ!」
「でぃべーと?」
その言葉に花蓮が頭を傾げたが、蘇我田はそれを無視した。いちいち解説していたら、日が暮れてしまう。
「会員は大学生に絞っていたが、先鋭的な広報活動により、1年で登録者が3000人を超える組織となった。ローカルだがニュースで取り上げられたり、企業から問い合わせが来るなど、ビジネス化にできる可能性すら見えていた!」
「テレビに出たの? すご〜い!」
花蓮の言葉に、蘇我田は軽くうなずく。素っ気ない態度を取ったが、称賛されるのは悪い気分ではない。
「ここで勝ち得たコネクションは、政治にしろ、経済にしろ、有効に活用できるはずだ。真の成果が発揮されるのは、まだまだ先の話だが、創設者の俺がやらなければならないことは、山ほどある!」
「コネクションって、コネのこと? なんか、ずるい感じ……」
花蓮の反応は注目して欲しい点とズレており、蘇我田は憮然として反論した。
「コネクションとはつながりのことであり、それ自体が悪ではない! ルールを無視してアホが馬鹿に便宜を図ったり、それを羨む奴らが、ことさら悪いように語る。だから、言葉に変なイメージがついたんだ!」
蘇我田が強い口調でまくしたてるので、花蓮はたじろいでいる。
「そ、そうなんだね。横文字って、よく分からないで使ってるからな……」
考えがあっての言葉では無かったのか、花蓮は苦笑いしつつ、曖昧な返答をする。
「私、バカだから知らなくて……」
花蓮は、そんな台詞をよく使う。
それは、自分を卑下しているようで、実際は面倒なことは考えたくないという意思表示ではないか。蘇我田は、そんな印象を受けていた。
なぜ、自分にはこんなバカな女しか近寄ってこないのか。珠を貰うまでは愛想良くするつもりだが、蘇我田は内心嫌気がさしていた。
「とにかく、俺にはやり遂げなければならないことがあるんだ! 次は社会に出て、自分の真価を問わなければならない。俺は、必ず大きな功績を収めてみせる! そんな志を持っている俺こそが、生き残るべき人間として相応しいんだ!」
蘇我田の自信に満ちた言葉に、花蓮は尊敬の眼差しで拍手した。
「自分にそれだけ自信があるって、すごいね〜。意識高い系〜」
花蓮の言葉は褒めているように聞こえなかったが、反応は好意的なので、蘇我田は満足そうにうなずいた。
「しっかりしてて、すごいよね! ねえ、おばあちゃん?」
花蓮は、隣にいた老婆に同意を求める。
「そうだねえ。すごいわねえ……」
彼女の問いかけに、老婆は嬉しそうに微笑んだ。
老婆が蘇我田の話を、きちんと理解しているとは思えなかった。孫のような若者に話しかけられて、喜んでいるだけの様に見える。
「生き返って、その活動の続きをしたいんだね?」
花蓮はそう聞くと、蘇我田は大きく首を振った。
「それは、あくまで手段であって、目的ではない。やりたいことは、もっと大きなものだ!」
「社会に出るって話? 何になるつもりなの?」
花蓮の質問は、質問によって返された。
「逆に、君は俺に何になって欲しい?」
「え?」
蘇我田は、花蓮に優しく語りかけた。
「珠を貰うというのは、命を託されるという事でもある。全てを叶えるのは不可能だが、譲渡側の意志も尊重したい」
それは、蘇我田のリップサービスだった。珠を差し出してくれるのであれば、どんな約束も安いものだ。そもそも、死にゆく者とした約束など、守る必要もないのだから……。
「政治家になり、国民を導くのもいい。起業して、新しい雇用を生み出すのもいい。君なら、俺に何を目指して欲しい?」
いやらしい笑みをこぼしながら、蘇我田は花蓮にそう聞いた。
「え〜、なんだろう?」
蘇我田の意図など知らず、花蓮は真剣に考えている。
「私、バカだから。何が正解かなんて、分からないけど……。みんなを、幸せにして欲しいな!」
そのお花畑な意見に、蘇我田は嘲笑しながらも断言した。
「どの道を選んでも、必ずそうなるさ!」
それを聞いた花蓮は、何かを考えながらつぶやいた。
「そうだよね。私なんかより、きっと、ずっと、その方がいいよね!」
そう言うと、花蓮は自分の珠を蘇我田に差し出した。
「君に譲るよ!」
突然、珠を差し出されたことに驚きつつも、蘇我田は丁重にそれを受け取った。
「ゆ、有効に使わせてもらうよ!」
冷静を装いつつも、初めて珠を譲り受けて、蘇我田は内心歓喜していた。それが漏れ伝わったのか、花蓮も満足そうに微笑んでいる。
そして、彼女は隣の老婆に再び話しかけた。
「おばあちゃんは、どうするの? よかったら、そがっちに譲ってあげなよ!」
老婆は花蓮の言葉に、嬉しそうに微笑み返す。
「そうねえ……。私も、そがちゃんに、あげちゃおうかしら?」
予想外の成り行きに、蘇我田は口元が緩むのを抑えられなかった。自分が変な呼び方をされていることなど、些細なことだ。
老婆はしわくちゃの手で、蘇我田に珠を差し出した。それを受け取った蘇我田はひざまずき、老婆の両手を握って言う。
「ありがとうございます! あなたも、私の理念に賛同してくれたんですね」
老婆も嬉しそうに、蘇我田の手を握り返した。
「よくわからんけど、あんた私の息子の若い頃によう似とる……」
「そ、そうですか……」
そんな理由かと、蘇我田は微妙な顔を隠せない。
しかし、気を取り直して蘇我田は立ち上がり、周りに聞こえるように大声をあげた。
「よく決断してくれました! 現状を理解した、正しい判断です! あなたたちの心意気を、決して無駄にはしません!」
自分に珠が譲渡されたことを、ことさら周囲にアピールする。
「皆さんも是非、この蘇我田 真司に命の投資をお願いします!!」
珠を譲ったふたりは嬉しそうだが、周囲の反応は、多少の驚きを含みつつも冷ややかだった。花蓮の行動が、理解できないといった反応すらある。
しかし、上機嫌の蘇我田は、それに気付かない。
うまくいく時は、こんなものだ。
掌の中で3つの珠が融合するのを見ながら、蘇我田は満足げに笑った。
花蓮の存在が後押ししたのも大きいが、老人は幸先短いので、珠を譲ることに抵抗が少ないのかもしれない。まずは高齢者にターゲットを絞って、アプローチするべきだと考えていた。
この馬鹿女にも、人肌脱いでもらおう。
「君にお願いがあるんだが、俺の活動をサポートしてくれないか?」
蘇我田は花蓮に向き合い、にこりと笑いながらそう言った。




