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妖光  作者: 村上蘭
6/45

絶景は、落胆の後のご褒美



 五




 「銀ちゃん、ほら朝食だよ」



  よっぽど、お腹が減っていたのか村上蘭の飼って


 いる黒猫はキャットフードの入っている容器に頭を

 

 突っこんで夢中で食べている。それを、横目で見な


 がら姉の晶はテーブルに野菜と少しの果実、香ばし


 い香りに程よく焦げ目の付いたトースト、暖かくと


 ろりとしたコーンスープなどを並べていた。




 「連日暑い日が、続いていますが今日もその暑さは


 変わりません。北海道、東北そして関東並びに近


 畿、西日本地方及び九州は今年の最高気温を更新し


 そうなお天気になりそうです」




  テレビでは、時間通りにお天気お姉さんのコーナ


 ーが始まっている。トーストを食べていた晶のふく


 らはぎのあたりをチョンチョンとつつくものがい


 た。食事が終わった黒猫が何か言いたそうな顔をし


 て見上げている。




 「なあに、銀ちゃん何か欲しいものがあるの?


 そっかミルクだね」




  冷蔵庫から、ミルクパックを取り出してミルク皿


 にたっぷりと入れてあげた。美味しそうに、ペロペ


 ロ舐めている黒猫に晶が話しかけた。




 「ねえ銀ちゃん、貴方のご主人様は今頃どうしてい


 るかな?元気だと良いわね。暑くなりそうだし」




  その村上蘭が、チェックアウトして冷房の効いた


 温泉センターの外に出た第一声がこれだった。




 「暑い、ここの何処が避暑地だよ!」



  よくよく、考えてみたら蛍が生息するのに清流と


 暑さと湿気は欠かせない訳で、これが当たり前かと


 妙に納得していたら車のクラクションが鳴った。


 その方に、振り向くと写真でしか見たことが


 無かった叔母が車の窓から手を振って笑って


 いるのが見えた。




 「いらっしゃい、蘭ちゃん此処まで遠かったろ」




  運転席から、叔父と思われる男性が笑顔で手を上


 げていて、車の後部座席に乗りこむと早速叔母が話


 しかけて来た。




 「どぎゃん、お母さんは元気にしとらす?」




  初めて聞く、九州弁に戸惑いながら僕は返事を


 返した。




 「はい、元気です」




  すると、今度は叔父が話しかけて来た。




 「こっちは、暑かろ」




 「はあ・・・」




  僕の、曖昧な返事を聞くと叔父は車を発進させて


 いた。温泉センターから、勾配のきつい坂を下ると


 昨夜せせらぎの音を聞かせていた川にかかる石橋が


 見えてきた。その石橋を渡り、T字路をすぐ右折し


 車がやっとすれ違える細い道に入る。転々と、建っ


 ている家の周りを取り囲むように田んぼが、階段状


 に連なっている。一勝地には蛍の他にも誇れるもの


 がある。それが、小高い山から続く扇状地に緩やか


 に拡がっている美しい棚田だ。日本棚田百選の中で


 一勝地は、同じ地域で二カ所も選ばれている。この


 辺りから、山を一つ越えた所に松谷棚田が有り眼前


 に拡がっているのが鬼の口と呼ばれている棚田だ。


 この地で、農業を営んでいた先人達がたゆまぬ努力


 で作り上げたものだけど、残念な事に田植えが終わ


 って水を張った田んぼには、小さな苗が風にそよい


 でいるだけでまだ精彩に欠ける。しかし、季節が移


 れば見事な風景になるであろうことは想像に難くな


 い。そうこうしている内に車は軽自動車でも、擦れ


 違うのに苦労しそうな道に入って行った。




 「この辺りの道は、東京に比べたら狭かろ」




  叔母が、助手席から申し訳なさそうに言った。




 「そんな事は、無いですよ東京にもこの道に負けな


 いくらい細い路地はありますから」




  進行方向の左側は、バスケットボールを潰した


 くらいの大きさの石を重ねて積み上げた石垣が見


 える。石には、通り過ぎた日々を思わせる苔や蔦


 が絡みつき、右側には照り付ける日射しを遮り日


 陰を作って呉れている笹の葉越しに流れの早い清


 流が見えていた。そこを、通り抜けて眩い光の中


 に出て暫く走ると車は道路沿いに建っている一軒


 の家の前に止まった。そこが、叔母夫婦の家らし


 かった。




 「蘭ちゃん、ここが我が家たいね。さ、早よ家に


 上がりなっせ」




  叔母が、車から降りるとそう言った。




 「はい、ありがとうございます。でも、男の子も


 降ろさないと」




  僕が、そう言うと叔母が怪訝な顔をしている。




 「男の子って、誰のこつば言いよっと?」




 「えっ、誰って僕の隣に座ってた・・・あれ!」




  僕がそう言って、後部座席を見るとさっきまで

 

 チョコンと大人しく僕の隣にいた男の子が居なく


 なっていた。てっきり、叔母夫婦の孫だとばかり


 思っていたのに今は煙の様に消えていた。




 「誰もおらんよ、そぎゃんこつ言うとらんで早う


 上がりなっせ」



  僕は何度も、車の座席を振り返りながら叔母


 夫婦の家に入った。背中に例のムズムズを


 感じながら・・・







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