エピローグ
四十四
「キューン・・・」
モータの、駆動音が止まり車は停止した。
「佐久間さんに、平蔵さんも何をやってるんで
すか?」
車の、ウィンドウ越しに蘭は声を掛けた。
「蘭さんか、例の無くなったと思っていた御神
体が出て来たんだよ」
佐久間は、御神体の方を指差して言った。
「ほら、あれ」
「本当だ、あの崩落で無事だったなんて正に
奇跡ですね」
村上蘭は、御神体を見ようと車を降りたが
助手席に乗っていた姉の晶はそのまま座って
いた。その、様子を見ていた佐久間が蘭の隣
に来ると小声で言った。
「助手席の、美人は蘭さんの彼女かい?」
「いやいや、姉ですよ」
蘭は、熱心に御神体を見ながら答えた。
「ふーん、お姉さんなんだ。所で、今日は何
しに役場まで?」
顔を起こし、村上蘭は答えた。
「役場に、EVの充電設備があるって聞いた
んで車の充電をさせて貰いたいと思って」
実は、一勝地役場はEVの発売が始まった
当初から先を見越して、いち早く充電設備を
導入していたのだ。
「明日、東京に帰るんだろう。せっかく知り
合ったのに残念だよ」
佐久間は、助手席の晶をチラッと見て本当
に残念そうに言った。
「佐久間さん、事務所に充電の了解を取って
来ますね」
蘭は、そういうと二回の役場事務所に上が
って行ったがすぐ戻って来た。階下の、駐車
場では佐久間と平蔵が御神体をRV車に乗せ
ようとしていた。蘭の、姿を認めると佐久間
が言った。
「蘭さん、良かったら充電している間にコー
ヒーでも飲みに行かないか?俺は、今から爺
さんと御神体を家に送り届けたら、すぐに戻
って来るから」
佐久間は、言葉通り暫く待っていたら戻っ
て来た。蘭と、晶を自身の車に乗せると以前
に、蘭も言った事のある球磨川沿いの喫茶店
に二人を連れて行った。
「明日は、そんなに早く出発するのかじゃあ
今日が本当のお別れになるな」
「ええ、今日の内に叔母さんやお世話になっ
た人に挨拶しておこうかと思っています。佐
久間さんにも、会いに行こうかと考えていた
ので丁度都合が良かった」
姉の晶は、そんな二人の会話には入らずに
黙ってコーヒーを飲んで、ときどき窓の外に
見える球磨川を眺めていた。佐久間とは、三
十分程喋って役場の駐車場で別れ、挨拶まわ
りに向かった。それから、二人は家に戻り早
い夕食を取ると午後八時には就寝し翌朝は夜
明け前に起きて出発の準備をした。
「色々、あったけど一勝地共お別れか」
蘭が、感慨深げに呟いた。
「何、寂しいのあんなに此処に来るのを嫌が
ってたくせに」
晶は、まだ暗い外を 蘭の肩越しに見なが
ら言った。
「姉さん、帰る前にちょっと寄りたい所が有
るんだけれど、良いかな?」
「別に、良いけど」
姉の返事を、聞いた蘭はその場所に向かう
為ハンドルを左に切った。5分程走って、着
いた所は柴立姫神社だった。
「フーン、此処なの蘭の行きたい場所って」
「此処から、去る前に挨拶だけはと思ったん
だ。姉さんも清乃さんの話を聞いて知っての
通り僕らのご先祖様だからね」
そう言うと、蘭は夜明け前の明るくなり始
めた境内の小さな社に向かって歩いていた。
晶も、一緒に行き内部を覗き其処に置いてあ
る例の男性器を模した置物を見ると思わず言
ってしまった。
「あら、なんかエロい物が置いてあるわよ」
そう言って、横を見ると真剣な顔の蘭が、
手を合わせ拝んでいるのを見て晶も慌てて手
を合わせた。二人が、参拝を終えて出発する
頃には、辺りはすっかり明るくなっていた。
「蘭、何かお願いしたの長い時間拝んでいた
見たいだけど」
「・・・・・」
蘭は、その問いには答えず前方を見ながら
僅かに含み笑いをした。そんな、弟の態度に
怒った訳では無かったが、横を向いて球磨川
の対岸を何気なく見たときに晶が叫んだ。
「蘭、車を止めて!」
突然、言われてビックリした蘭だったが路
側帯が見えたので車を其処に停車させた。運
転席から、降りると対岸をしっかり見つめて
いる晶が見えた。
「蘭、あれを見て」
晃の、指し示した方を見ると柴立姫神社が
見えている。朝もやに、包まれた姿が何んと
も神秘的だったが、その社の傍らに二つの人
影がまるで晶と蘭を見守る様に立っていた。
蘭が、思わず手を強く振ると暫く見えていた
二つの影は、朝もやの中に隠れるように消え
て行った。
「願い、聞いて呉れたんだ…」
蘭が、ボソッと呟いた。
「・・・・・」
二人は、対岸をそれぞれの思いを胸に抱い
て見ていたが、暫くして蘭が口を開いた。
「姉さん、そろそろ行こうか」
「良いわよ、さあ東京にまっしぐらに帰りま
しょ」
蘭は、パーキングを解除しギアをドライブ
に入れるとブレーキペダルからアクセルに足
を乗せ変えた。ゆっくり、踏み込むと日産の
EVリーフは音もなく発進し徐々に加速して
行った。夏の終わり、球磨川沿岸道路は早朝
のこの時間だとほとんど車はいない。村上蘭
の、EVリーフは「キューン」と言うモータ
ー音を残して走り去ると直ぐに視界から消え
た。後には、何も残さずただ砂塵だけが舞い
上がっていた。
完




