神の帰還
四十二
産業振興課では、課長の山下と部下の遠崎賢
治が事務所内で何事かやり合っていた。過日、
何者かに切断されて現在は応急処置で、金具を
使って固定している柴立姫神社の鳥居の事で話
し合っていたのだ。
「来年、春の大祭までに新しい鳥居を再建させ
んと、あのままじゃ見苦しかでしょう」
遠崎は、山下課長に対して少し非難めいた言
い方をした。
「そぎゃん、言うても予算がなあ・・・」
課長も、気持ちは遠崎と同じだったが何しろ
今年度の予算は決まっているし、どこの市区町
村も同じだが財政的にキツイのは一勝地も例外
では無いのだ。いくら、遠崎が力説しても無い
袖は振れないと言う事だった。
「予算、予算ってそんな事言ってる場合じゃ無
いでしょう。柴立姫神社は、一勝地のシンボル
で守り神でも有るんですよ」
遠崎は、つい興奮して突っかかる様な言葉を
出してしまった。実は、この何日か前に今度の
一連の騒ぎの詳細を村上蘭に遠崎は聞かされて
いたのだ。佐久間家の、裏山の崩壊から始まっ
た悪霊の復活やそれに絡んだ事件があった訳だ
が、その内の一つが柴立姫神社の鳥居切断騒ぎ
だ。その結果、男女そろっての霊体が今は柴立
姫神社に鎮座している事を聞いて最初は、半信
半疑の遠崎だったが何しろ実際に鳥居の人技と
は思えない切り口を見ている。それと、一勝地
のあちこちで不思議な出来事も見聞きしている
遠崎は「そんな事も有るかも知れない」と思い
始めていたのだ。でも、そんな夢物語みたいな
話を課長が信じる訳が無いのは解っていた。そ
れだけに、どう仕様も無いジレンマが遠崎には
有ったのだ。
「おい、遠崎えらく怖い顔してるな」
急に、聞こえた声に振り向くと佐久間が事務
所の入り口に立っていて、隣には祖父の平蔵も
居た。
「おっ、佐久間か何事だよ平蔵さんまで?」
佐久間は、思わせ振りにニヤッと笑うと遠崎
に返事を返した。
「さっきから、話を聞いていたけど鳥居の再建
で揉めてたんだろう」
「揉めてるって程じゃないけどな・・・」
そう、遠崎が答えると平蔵が山下課長と遠崎
の前に進み出て来た。
「課長さん、柴立姫神社のこつばってん佐久間
本家の陶子がな、鳥居ば寄進させて貰えんだろ
かて言いよっとたい」
「えっ!」
遠崎と山下課長が、思わずハモる様に驚きの
声を出した。
「佐久間本家の、陶子さんがほんなこつ言わし
たつですか」
山下課長の、言葉を受けて平蔵が答えた。
「こぎゃんこつ、嘘ばついてもしょんなかろた
い。陶子から、直接聞いたけん間違いなか柴立
姫神社は、佐久間本家には昔から深い繋がりが
有るけん放ってはおけんてたい」
「そぎゃんですか、そんなら鳥居再建はこれで
一気に解決じゃなかか良かったな遠崎」
遠崎の、肩を軽く叩いて山下課長が言った。
それから、立っている平蔵と佐久間にソファー
に座る様に促して中川景子には、お茶を二人に
出すよう指示を出した。景子は、給湯室に向か
ったがお茶は持って来ず直ぐに戻って来た。
「山下課長、課長に会いたいってお客様がいら
っしゃてますけど」
「え、俺にか?今日はやけに客が多いな。平蔵
さん、ごめんばってんちょっと待っててな」
山下課長は、そう言うと事務所の入り口に歩
いて行った。訪問客と、何か話していたが景子
の出したお茶を飲んでいる佐久間と平蔵に向か
って声を掛けた。
「おーい、平蔵さん達二人とも下に降りて来て
くれんかな」
役場の、二階にある事務所から先に降りた課
長を追いかけて下に行くと役場の建物の外で、
山下課長とお客と思われる作業服の人物が軽ト
ラックの前で待っていた。
「何ごつかな、わざわざ下まで呼ぶち」
平蔵が、不審そうな顔でそう言うと山下課長
は手招きをした。そして、そこに駐車している
軽トラックの荷台を指さした。
「平蔵さん、これば見てくれんかな」
「何な?」
少し、足を引きずる様にして平蔵は軽トラッ
クに近づいて荷台を覗き込んだ。
「あっ、こるは!」
平蔵が、あまり驚いた顔をしているので佐久
間も急いで軽トラックの荷台を覗き込んだ。荷
台には、古びてはいるが綺麗に清掃され汚れな
ど何処にも無い御神体が横たわって居た。平蔵
は、山下課長の隣に立っている中年の男を見る
と自然と頭を下げ礼をした。
「平蔵さん、こちらは瀬戸石ダムを管理しとる
電源開発職員の有田さんですたい」
山下課長から、紹介されると男は佐久間と平
蔵に頭を下げた。
「有田と言います」
有田は、何故来たのか今迄のあらましを話し
始めた。ダムの漂流物処理の際にこの御神体を
見つけて回収したものの処理に困っていたのだ
が、取り敢えず洗おうと言う事になって泥にま
みれた御神体を洗っている最中に随分と薄くな
って見るのに苦労したが、墨で書かれた一勝地
の文字を見つけ、それで一勝地役場に行けば何
か解るのでは無いかと今日ここに来ましたとそ
んな事を語った。
「有田さんて、言わしゃったかなお世話様じゃ
ったのう。おまけに、御神体ばこげん綺麗に洗
ってもろち感謝してもしきれんたい。ほんなこ
つありがとない」
有田は、この突然現れた老人の感謝の礼に正
直面くらっていた。佐久間が、間に入って御神
体が失くなってしまった経緯を説明するとやっ
と納得した顔をした。
「なるほど、そぎゃん事があったとですか良う
解りました。取り敢えず、御神体が戻って良か
ったです。ほんなら、これは佐久間さん方で引
き取って貰えっとですね」
そう言うと、有田は佐久間にも手伝って貰い
御神体を荷台から降ろすと三人に丁重に挨拶を
して帰って行った。有田を、見送り事務所に戻
ろうとしたその時に一勝地役場の急な上り坂を
一台の車が入れ替わる様に入って来た。




