氷解の時(3)
四十
「それから、時は流れ二人は歳を重ねてわたく
し達夫婦は共白髪となり、わたくしは伊作さん
を見送った後に九十五歳で天寿を全うし、この
村の片隅に葬られました。それからは、霊体と
なり村を見守ってきたのだけど、いつの頃から
か柴立姫と呼ばれ神社まで作られ今の世に繋が
ったと言う訳です」
清乃の、八百年前にさかのぼる話は漸く幕を
閉じた。皆それぞれの思いで、少なからず感動
して聞いていたが、その中でも佐久間に取り憑
いた村上三郎頼時が、やはりその問いを清乃に
投げつけて来た。
「それで、儂の子はどうなったのだ・・・村の
者どもに、苛めでも受けて悪党にでもなり下が
ったか」
清乃は、ため息混じりに答えた。
「まったく、何故そんなうがった考えしか浮か
ばぬかのう。益々もって、哀れな奴よのそなた
は心配せんでもその子はわたくしたち夫婦とこ
の村の人達にそれは大切に育てられ、後々は佐
久間本家の初代の当主になり、この近在一番の
庄屋として、立派な生涯を終えました」
その事を、黙って聞いていた三郎頼時が自ら
を納得させるように言った。
「別に、心配などしておらんわ儂の血を受け継
いでいるのだ。その程度の、出世は至極当然」
その、憎まれ口を傍らで聞いていた晶が清乃
に向かって言った。
「で、清乃さん此奴をどうするつもり今の言葉
からすると自分の子を育ててもらって、感謝の
気持ちも無いみたいだし、それどころか悪さを
した反省もしていない見たいだから、穴ぐらに
千年ほど閉じ込めておく?」
その言葉を、聞いた三郎頼時の顔色が変わり
明らかに動揺していた。そんな武者に、清乃が
追い打ちを掛けた。
「それは、この者の返答次第。のう、三郎頼時
殿どうするつもりじゃ。今更ながら言うが、こ
の何百年の間にそなたの血はこの村の者達に少
なからず入っている。という事は、家族も同然
と言う事にあいなるが、それでもまだ村の者を
殺すというのか」
「・・・・・」
清乃は、武者の心に響くような強い口調で語
り掛けていた。
「それよりも、どうじゃ此れからは暗い穴ぐら
で恨みを抱えて永久に無間地獄を彷徨うより、
神と呼ばれて村人から崇められた方がなんぼか
良かろう。わたくしは女を、武者殿は男の為に
その霊力を使ってみる気は無いか?」
「・・・・・」
三郎頼時の前に立つと、腰を下ろし目線の位
置を同じにして清乃は返事を待って居たが、い
つまでも黙って居る三郎頼時に業を煮やして言
い放った。
「返事が無いのが、答えと言うのでは致し方が
無いな。それでは、名を晶と言ったかの?其処
のお人に頼みがある。武者殿を、再び封じ込め
るのを手伝って呉れぬか」
「解った、そしたら何をどうすれば良いのか方
法を教えてくれる?」
晶が、答えると三郎頼時の口が開いた。
「儂は、もう暗い穴ぐらで苦しむのは些か飽い
た・・・」
三郎頼時の、言葉に清乃は直ぐさま反応した。
「それは、わたくしの話に同意したと取っても
宜しいのか」
頷き、神妙な顔をして三郎頼時は答えた。
「ああ、武士に二言は無い儂の霊力をこの村の
者どもの為に使ってやる」
「使ってやる?何よその上から目線の言い方少
し違うんじゃない。清乃さん、やっぱり封じ込
めた方が良いんじゃ」
晶は、その声に怒気を含めて行った。
「それが、良さそうじゃな村の平和の為に」
清乃が、晶の言葉に反応して直ぐに答えたので
三郎頼時は慌てて弁明した。
「ちょっ、待てよ。早まるな、全く気の短い女
達だな。こう言えば良いか、儂はこの村の為に
霊力を使わさせて貰うどうだ此れで良かろう」
「よろしい」
と、晶が言った。そんな、二人のやり取りを見
聞きしていた蘭が、清乃に別の質問をした。
「ところで、清乃さん佐久間本家の初代で庄屋
にまで成り上がったご先祖様は、さぞや優秀な
人だったんでしょうね」
蘭の、この質問に対する清乃の答えは意外な
ものだった。
「そう思うのは、当然だろうが実際は違う。思
いやりがあって優しい子では有ったけど、人よ
り格別に秀でたと言う訳では無かった。
「えっ、そうなんですか。でも、良くそれで庄
屋になんてなれましたね」
清乃は、少しだけ思案する顔をすると蘭に答
えた。
「あの子は、小さな時からとにかく運の強い子
供で、何をするにも不思議と人が手伝って呉れ
ていた。思えばその時分、何処の家かも解らな
い童が我が家の座敷に現われてあの子と遊んで
る事が有ったけれど、その頃から妙に事が上手
く運ぶようになった気がするのう」
「座敷わらしか・・・」
伝承によると、座敷わらしが住み着いた家は
盛える。が、逆に見限られて家から去られると
家は没落の一途をたどると言われている。一般
的に、座敷わらしの伝説が残っているのは東北
の一部の地方の筈だ。まさか、此処熊本にも現
れるとは思わなかった。さしずめ、清乃さんの
並外れた霊能力に引き寄せられたに違いないと
蘭は考えていた。
「という事は、中屋の家に行った時に車の座席
でチョコンと座っていつの間にか居なくなった
あの子供は、もしかして座敷わらしだったのか
も知れないな」
そんな事を、考えていたら眼の前に縄を打た
れて座らされている三郎頼時が、蘭に向かって
言った。
「おい、そこの若いのそんな妙な童の事はどう
でも良いだろう。それより、儂の縄を解いて呉
れぬか縄目が痛くてたまらんのだ。もう、乱暴
はけっしてしないと約束する」
蘭が、武者の縄を解いても良いかと確かめる
様に清乃の顔を見ると微笑みながら頷いた。す
ると、その傍らから由香も出て来て言った。
「清乃さん、お話まとまった所で麻美をそろそ
ろ開放してもらえませんか?」
由香は、そう言っては見たものの顔は麻美な
ので少し変な気分だった。清乃は、蘭に縄を解
いて貰い丁度立ち上がったばかりの三郎頼時の
傍に行った。
「では、武者殿我々はこれにて退散致しましょ
う。用意は宜しいか?」
「御意・・・」
そう、三郎頼時が答えると同時に麻美と佐久
間が急に体の力が抜け落ちるようにその場に倒
れ様としたので、蘭達は慌てて二人を支えたの
だった。
「ここは?」
最初に、意識が戻ったのは佐久間で暫くして
麻美も回復してきた。
「麻美、大丈夫?」
由香と、真美の二人は麻美の手を握りながら
泣いている。麻美は、何が何だか解らない顔で
キョトンとしていた。そんな、三人を蘭は見て
居たが今回の件で誰も死ぬ事なく騒ぎが漸く収
まってきた事に、村上蘭は心の底からホッとし
て居た。そんな、五人の周りを取り巻いていた
闇が次第に明るくなり東の空が、白み始めたが
真っ青な空に真夏の眩しい日差しが照り付ける
には未だ少し早い夜明けだった。




