対決
三十三
「迂闊に、踏み込んだら一刀両断に斬られてし
まうな・・・」
佐久間と、対峙して剣を構えた瞬間に蘭は悟
っていた。幼い頃から、村上蘭は剣道に親しみ
大学時代には、日本剣道連盟主催の全国大会で
優勝経験もある腕前の持ち主だが、それだけに
相手の技量は剣を構えて直ぐに解った。
「これは・・・」
最初の、一太刀を蘭が踏み出すのを躊躇する
のも無理はなかった。どれだけ、強くても現代
の剣士と呼ばれる者の殆どが、実戦経験の無い
道場剣法だからである。重い日本刀は、振り回
すだけでもかなりの体力がいる。ましてや、相
手を斬るとなったら体力の他に剣を自在に操る
技と胆力つまり精神力の強さも必要になって来
るのだ。眼の前に、立っている男は佐久間であ
って佐久間では無い別の誰かで、しかも今は悪
霊と成り果ててはいるが、その昔は戦国の時代
に実戦で数え切れない程の人間を斬り殺した事
は容易に想像できる強者である。しかし、容易
に踏み込めないでいたのは佐久間の方も同じだ
った。最初の、思惑では即座に一刀両断真っ二
つに切り裂くつもりでいたが、蘭と刃を交わし
た瞬間に侮れない剣筋の持ち主だと解った。実
戦経験は、自分の方が遥かに上だが其れを凌ぐ
殺気が剣先から滲み出てくるのを感じていた。
「此奴は・・・」
双方とも、斬りこめないまま時間だけが過ぎ
て行った。睨み合いを、続ける二人を照らして
いた月が雲間に隠れたその刹那、佐久間の足が
地を蹴り村上蘭の頭上から剣を、振り下ろして
来た。
「ウグッ」」
呻く様な、声を出し反射的に後ろに飛び退り
ながら蘭は自分の剣で、相手の剣を弾き返すと
「ヴキッ」と言う音と共に火花が散った。
「ほう、俺の必殺の一撃を受け流すとはな」
佐久間が、感心した様に言った。
「危なかった・・・」
凄まじい一撃を、何とか避けたものの剣を握
る手はまだ少し痺れていた。蘭は、この気の抜
けない対決の最中困惑していた。この戦い、負
ければ死ぬ事になる。かと言って、勝っても悪
霊に取り憑かれた佐久間を傷つけるか最悪死な
せてしまうかもしれないのだ。
「どうしたら・・・」
佐久間の、次の攻撃は蘭の迷いとは関係なく
始まっていた。たたみかける様に、右に左に上
から下と剣が撃ち込まれて来る。流石の蘭も、
防戦一方で反撃の暇を与えて貰えずにいた。
「クッ、ちょこまかと逃げ回りおって忌々しい
奴腹が」
佐久間が、吐き捨てる様に言うと更に力を強
めて撃ち込んで来た。蘭は、次第にグラウンド
のバックネットの辺りに追い込まれてしまい逃
げ回るばかりの応戦では、どうにもならない所
まで追い込まれてしまった。
「・・・・・」
無言のうちに、蘭は意を決し刃を裏返した。
つまり、佐久間の身体に剣が当たっても峰打ち
になる様にだ。これなら、骨は折れるかも知れ
ないが死ぬ事は無い筈だ。と、言うのが村上蘭
の考えた最善の方法だった。その、一瞬の隙に
佐久間の剣が胸を切り裂くように左から右に、
薙ぎ払われ蘭の服は斬られて裂け血が滲んだ。
「ウワッ」
仰け反り、剣を構えたまま下がろうとした時
に足が何かに取られて、蘭は思いっきり尻餅を
ついて後方に転倒してしまった。その、弾みで
蘭の手にあった剣が飛ばされてしまった。何故
転んだのか、訳が解らず混乱する村上蘭の足元
に見えたのは、気絶したまま転がされている麻
美の姿だった。
「し、しまった・・・」
蘭の眼に、人を狩る死神いや佐久間が剣を大
上段に構える姿が映っていた。
「終わりだな」
そう言うと、佐久間は握っていた日本刀の柄
の手に力を込めた。「ビュン」と言う無情に空
気を、切り裂く悪夢のような音が蘭の耳に聞こ
えて来た。




