焦燥
二十八
「佐久間さん、まだ見つからないんですか?」
朝食の、トーストとコーヒーをテーブルに並
べながら麻美が聞いて来た。
「はい、まだ・・・」
テーブルの椅子を、手前に引きながら蘭が答
えた。佐久間が、消えた直後に警察と消防に連
絡を取って、球磨川の潜水調査まで行って大々
的な捜索をして貰ったのだが、夕方近くになり
暗くなって来たと言う事で、その日の捜索は打
ち切りになり再開は、翌日の午前九時からに決
まった。蘭もまた、捜索の現場に行くつもりで
いたが、こうなった責任の一端は自分に有るの
ではと言う自責の念で蘭は悩んでも居た。
「私達も、一緒に探しましょうか」
麻美や由佳、真美もそう言ってくれ協力を申
し出て呉れたのだが、何しろ佐久間だけじゃ無
くあの悪霊も何処に潜んでいるか解らない事態
なのだ。そんな、危険な場所に彼女たちを連れ
て行く訳には行かなかった。この家なら、結界
を張り巡らしてあるので、霊体である限り悪霊
も簡単には、侵入出来ない筈だ。兎に角、彼女
達が帰省の電車に乗るまであと二日、それまで
は少しだけ不自由な生活を強いることになるけ
ど、蘭としては安心して佐久間の行方と悪霊を
探し出す事に専念出来る事になると言う訳だ。
「そうですか、じゃあ私達が出来るのは佐久間
さんの無事をお祈りする位ですね」
麻美が、心配そうな顔で言った。その後、村
上蘭は朝食を済ますと取り急ぎ捜索再開の現場
に向かった。しかし、昼過ぎになっても佐久間
の消息は解らなかった。そんな、蘭に佐久間本
家からお呼びが掛かったのは、捜索の終了間際
になってからで、知らせてくれたのは佐久間の
父親の源三だった。源三夫婦も、また蘭と同じ
に捜索に加わっていたが、その顔は憔悴しきっ
ていた。
「源三さん、大丈夫ですか?随分とお疲れの様
に見えますけど」
蘭は、励ます意味も込めて源三と佐久間の母
親の福子とを交互に見ながら言った。
「大丈夫、と言いたかけど俺も母ちゃんも勇蔵
の事を考えたら寝れんで、昨夜も一睡もしとら
んたい」
「解ります」と蘭が言いかけた時、携帯が鳴っ
た。源三がボソボソ話し終わると疲れ切った顔
を此方に向けて蘭に告げた。
「村上さん、本家の陶子さんが会いたかげな、
何か急ぎの用事のごたるですばい」
源三達の車に、先導して貰い蘭は母親の実家
である佐久間本家に向っていた。佐久間の本家
は、例の柴立姫神社に行く道の途中に有った。
小さな橋を、渡ると右と左に分かれるT字路に
なるが右に曲がれば柴立姫神社に行き本家は、
その逆だった。暫く走ると、右手に石段が見え
て来た。二台の車を、路駐させて三人は結構な
高台に有る本家の門に続く長い階段を登って行
った。如何にも、歴史の有りそうな厳めしい門
を潜ると玄関に叔母の陶子だろうか、凛とした
雰囲気がどことなく母親に似ている年配の女性
が出迎えて呉れて居た。
「源三さん、こんな大変な時に呼び出したりし
て本当にごめんなさい」
小夜子叔母は、熊本訛りが言葉にはっきり出
てるが此方の陶子叔母には、それが無かった。
蘭は、同じ姉妹でも随分と違うものだなと感心
して叔母の話す言葉に聞き入っていた。
「良かですよ、家におると勇蔵の事ばかり考え
て、気の滅入って来るけん気晴らしと思えば返
って助かります。それで、此方の人が村上蘭さ
んですたい」
無理をして、笑い顔を作り蘭を紹介する源三
が痛々しかった。陶子は、蘭の顔をまじまじと
見つめてから言った。
「そう、貴方が薫子姉さんの息子の蘭ちゃんな
の、あっごめんなさいね。ちゃん付けで呼ばれ
る歳じゃないわよね。まあ、兎に角家に上がっ
て頂戴」
源三夫婦と、蘭が佐久間本家で叔母の陶子と
挨拶を交わしていた丁度その頃、灯りも無く暗
い柴立姫神社の小さな境内に水滴が落ちて出来
た足跡の染みが点々と続いて居るのが見える。
その先に、祠の前に立って居る人影が立って居
て左手に持った日本刀の鞘から本身の剣をおも
むろに抜き鞘を投げ捨てると、ダラリと下げた
刀身に月の淡い光が青白く反射して息を飲む程
に凄惨で美し過ぎる色を映し出して居た。人影
は祠の方に、静かに歩み寄ると音も無く八双に
構えると間髪を入れず振り下ろした。刹那、木
片の切り裂かれる音が暗い境内に響いたが、一
瞬後には元の静寂が戻り人影もいつの間にか消
え去っていた。今は誰も、居ない境内を夏の月
が薄ぼんやりと投げ遣りに浮かび上がらせて居
るだけだった。




