平穏と不穏の狭間
二十五
「村上さん、夕飯の支度出来ましたよ」
パソコンの、画面に向かっていた蘭に細田真
美が声を掛けた。
「ありがとう、もう少しで作業上がりなので終
わり次第すぐ行きます」
台所では、越田麻美と山本由香が野菜サラダ
を皿に盛りつけながらお喋りをしている。麻美
達三人と、村上蘭の共同生活も二週間程が過ぎ
全員すっかり慣れて来ていた。
「麻美さん達は、明日は何をする予定ですか」
夕飯の、カレーライスを口に頬張りながら蘭
が尋ねると麻美の代わりに真美が答えた。
「明日は、ラフティングの予定なんですよ。実
は、これで最後なんですけど」
「最後と言うと?」
蘭の問いに、今度は麻美が答えた。
「今回の旅行は、ラフティングが主な目的で他
のスケジュールもあらかたこなしたんで、今週
末の土曜日に東京に戻ろうかと三人で話をして
いたんです。本当に、村上さんと中屋の叔母様
にはお世話になりました。おかげで、たっぷり
熊本の夏を堪能出来て楽しかったです」
半分程になった、カレーのルーをライスに絡
めながら蘭は答えた。
「もう帰るんですね、何かの縁で知り合って漸
く親しくなれたのに残念だな」
「蘭さんは、もう暫くいらっしゃるんでしょ」
由佳が、蘭に聞いた。
「夏が終わる迄、こちらに居る予定です」
食後のコーヒーを、蘭達が楽しんでいたら玄
関のチャイムが鳴り、麻美が「はーい」と言っ
て玄関の方に向かったが直ぐに、佐久間を伴っ
て戻ってきた。
「どうも、夜分にお邪魔します」
佐久間は、大きな身体で律儀に礼をして麻美
が譲った椅子に座った。佐久間に入れるコーヒ
ーを用意する為に、麻美が台所に立つと蘭が親
しげに佐久間に話しかけた。
「この間は、お世話になりました。父や母の事
が色々解って良かったです。親父さんたちや、
平蔵さんは元気ですか?」
蘭が佐久間に、聞いたタイミングで麻美が佐
久間の前にコーヒーカップをそつなく置いた。
「はい、皆んな普通に元気してます」
「それは良かった。それで、今夜は何の用事で
来られたんですか?」
蘭がそう言うと、佐久間は麻美達の方をチラ
っと見て答えた。
「実は、明日がラフティング体験コースの最終
日なんですけど彼女達が、今週末には東京に帰
るって聞いたものですから蘭さんには、彼女ら
のラフティング体験の成果を見て欲しいなと思
って、それと彼女達のお別れ会を開けないかな
と考えまして」
「え、私たちのお別れ会を開いてもらえるんで
すか?」
真美が、無邪気に言ったのを麻美が諭す様に
口を開いた。
「村上さんの、都合もあるんだから先ずそちら
を聞くのが先でしょ」
「僕なら、大丈夫ですよ見ての通り暇を持て余
してますから」
麻美と真美それに、由佳のそれぞれを見て蘭
が答えた。その言葉を、聞いた佐久間が我が意
を得たりと言わんばかりに喋った。
「じゃあ早速、準備を始めますね。それと、蘭
さん遠縁のよしみでお願いが有るんですが、
お別れ会の場所ここで出来ないかな?」
「え、遠縁ってお二人親戚だったんですか?」
隣で二人の、話を聞いていた麻美が驚いた様
に言った。
「そうなんです!」
蘭と佐久間が、ハモって答えたのが余りに揃
い過ぎていたので言った二人もだが、それを聞
いていた麻美達まで可笑しくて、思わず吹き出
してしまった。そんな笑い声に、包まれている
家の中とは、裏腹に家の外では灯りも無い真っ
暗な闇の中で茂り過ぎた草陰に、潜んでいる虫
の声が騒がしいほどに聞こえている。虫の声は
家の裏手の川まで続いていたが、ザーザーと流
れる水の音しか聞こえない漆黒におどろおどろ
しく浮かぶ蒼白い鬼火が忽然と現れた。途端、
騒がしい程鳴いていた虫の声がピタッと止み、
やがて鬼火の放つ妖光が闇の中に溶け込む様に
消えてしまうと息を潜めていた虫が、またぞろ
何事も無かったかの様に鳴き始めこの夜は更け
ていった。




