佐久間家の秘密
二十二
「あれは、おるがまだ若くて元気な頃だった。二
十歳くらいの時勇蔵蔵には、ひい爺さんにあたる才
蔵爺から、今日のお前の様にこの裏山の祠まで連
れて来られたつばってん、そこで初めて佐久間の
家に代々受け継がれて来た事を、聞かされたった
いね」
あれから、暫くして三人は山を降りた。佐久間
の実家に、帰り着いた時には既に午後三時を回っ
ていたが、帰り道は下り坂という事もあって往き
の半分程の時間で下って来られた。本宅に入って
佐久間の母親が、入れてくれたお茶を飲み少し落
ち着いた所で、平蔵が家族にも教えて居なかった
事を話し始めた。仏間には、平蔵に佐久間それと
両親の源三と福子の他に村上蘭も同席していた。
本来なら、此の話に家族以外の者は入れないのだ
けれど、祠が崩落のあおりで無くなってしまって
平蔵としても隠す意味が無くなってしまったと考
えたのか、蘭の同席も認めていた。
「おるも、才蔵爺から聞かされた時は信じられん
話だったつたいね」
そう言った平蔵が、佐久間には曾祖父に当たる
ご先祖様から聞かされた佐久間家の言い伝えを話
し始めた。始まりは、八百年前も昔の事で源氏と
平家が戦った平安時代の末期まで遡り、その当時
に村に落ち延びて来た平家筋の親娘が村に匿われ
ていたらしいのだが、そこに源氏方の追っ手が現
れた。その追っ手との間で、命を掛けたやり取り
があったらしく結果は村人の助けも有って親娘が
勝利し追っては命を落とした。その後父親は、足
手まといと思ったのか娘を斬りそこに植わってい
た柴を亡骸に被せたらしいのだが、それが今に伝
わる柴立姫伝説の元になったという事だ。追っ手
の亡骸は、例の裏山に埋葬してこの事に関しては
村人は一切口を噤んだ。何しろ、源氏方の追っ手
と親娘の命のやり取りに村人も絡んでいたので、
これが代官所に知られるとどんなお咎めを受ける
かも知れないと言う事で、その事は無かった事に
したと言う訳だ。
「それで、何で佐久間の家が祠を護る事になった
んだ」
それまで、平蔵の話を固唾を呑んで聞いていた
一同だったが、先を聞きたい皆の気持ちを代弁
する様に佐久間が言った。
「まあ、待て順を追って話すけん」
平蔵は、せかす雄蔵をたしなめる様に言って
から、お茶をすすった後に話し始めた。
「その事が、あってから半年ほど経ってからの
事だったげな」
最初の異変は、追っ手の武者を埋葬した裏山
から始まった。叫びともうめき声とも解らない
音が聞こえるようになり、村のあちこちで落ち
武者の様な者を見たという話が広まり出した。
ある者は、それを見た翌日から高熱が出て長く
床に伏せってしまったり、また別の者は川で釣
りをしていたらいきなり引きずり込まれそうに
なって、危うく溺れ死ぬ羽目になるところの者
も居た。そのうち、はやり病が急に広まり出し
村人の中で、これにかかって死ぬものが出る事
態になったそうだ。此れは死んだ武者の祟りだ
と言う噂が村中を飛び交う事になってしまった
が、その噂を聞きつけたのかどうかは解らない
が或る日、徳の高いお坊さんが現れて念仏とお
札で悪霊と化した武者を裏山に押し込めてしま
われた。祠はその折に、作られたものでそれ以
来裏山に近いという事もあって、佐久間家が祠
を護る役目をする事になったそうだ。
「え、近いと言うだけで決まったんだ。ご先祖
様も損な役回りを仰せつかったもんだな」
佐久間は、少し呆れ顔で言った。
「勇蔵、わしらのご先祖を軽く見たらいかん。
その役目をする事になったのには他にも訳があ
るとぞ」
それまで、ずっと口を閉ざしていた村上蘭が
二人の話に割り込むように喋りかけて来た。
「平蔵さん、佐久間家の人には他の村人にない
特殊な能力があったのではないですか?例えば
霊感が強いとか」
図星だったようで、平蔵はまじまじと蘭の顔
を見た。
「村上さん、あんた中屋んとこに世話になっと
るらしいが、あそことはどんな関係な」
「中屋の叔母さんは、僕の母親の妹なんです」
蘭がそう答えると、平蔵は村上蘭の顔をも
う一度しっかりと見ると言った。
「あんたに、初めて有うた時から何処かで会う
た様な気がしてならなかったばってん、村上さ
んあんたのお母さんの名前は何て言うとかな」
「あ、はい母親の名前は薫子と言いますが」
「えっ!」
そこにいる全員、と言っても蘭と佐久間以外
の平蔵に源三そして福子も、穴が開くのではな
いかと言うくらい村上蘭の顔を驚きの表情で見
ていた。
「トルルルー、トルルルー」
東京にある蘭のマンション、リビングで姉の
晶の携帯が鳴って居たが、当の本人はシャワー
を浴びてる最中だった。くびれの程よくついた
細身の身体を洗っていたが、暫くして浴室から
下着だけの姿で出て来るとテーブルの上のスマ
ホを取り上げた。
「お母さん、何か用事?」
濡れた髪を、タオルで乱暴に拭きながらスマ
ホをスピーカ状態にして晶が喋ると母親の薫子
の声が聞こえてきた。
「あ、晶?やっと出たわね」
「ゴメン、シャワーを浴びてたものだから」
母親は、その晶の言葉を聞くと間髪を入れず
話し出した。
「あなた、まさか家に居た時みたいにお風呂上
りに下着だけの恰好で部屋を歩き回るような、
はしたない真似はしていないでしょうね」
晶は焦って、リビングを見渡した。母親のま
るで、カメラで監視しているかのような発言に
戸惑いながらも、平然を装って答えた。
「そんな事する訳無いじゃない、それより何か
急用なのいきなり電話なんかかけて」
「実は、晶に折り入って頼みたい事が有るんだ
けど・・・」
母親の薫子は、少しだけ歯切れの悪い言い方
をした。きっと面倒な頼みごとに違いないと心
の中で思いながらも晶は、母親の次の言葉を待
って居た。