饗応の庭
十九
「こっちの肉、もう焼けたわよ」
「じゃあ、野菜も並べよっか」
「準備万端、という事で乾杯と行きますか」
村上蘭が、柴立姫神社で突然倒れその後意識を
回復してから一週間が経っていた。結局原因は、
熱中症という所に落ち着いた。
「では、いきなりですが乾杯!」
佐久間が、乾杯の音頭を取り言葉を発するとそ
れに合わせて全員が「乾杯!」と言った。蘭の快
気祝いと、ここに集まった者の親睦を兼ねたバー
ベキューパーティーが、蘭の住んでいる家の庭で
開かれていた。集まったメンバーは、蘭を筆頭に
麻美達女子大生三人とラフティングインストラク
タ―の佐久間勇蔵、その友達の役場職員である遠
崎賢治に中川景子それに、叔母夫婦の九名だっ
た。牛肉の焼ける良い匂いと、缶ビールのプルト
ップを開けるときのプシュッと言う音が狭い庭の
中で響いていた。
「村上さん、もう体は大丈夫ですか?」
遠崎が、気さくに話しかけて来た。
「ありがとうございます。もう全然平気です」
使い捨ての紙皿に、焼け過ぎて多少焦げ気味の
肉と野菜を盛り中川景子が「はい、どうぞ」と言
いながら遠崎に渡した。それを、受け取りながら
遠崎は村上蘭に再び話しかけた。
「そうですか、それは良かった。しかしあの時は
驚きましたよ景子ちゃんと村上さんが二人で話し
てるなと思って見ていたら、村上さんがいきなり
倒れちゃったから」
「そうなんですよ、私も一瞬だけどボーッとして
いてハッと気が付いたら村上さんが眼の前で倒れ
ていたから」
横から、中川景子が話しかけて来た。
「本当に、あの時は助けて頂いて助かりました。
遅まきながら皆さんには、感謝しています。まさ
か、あの位の暑さで、熱中症に掛かるとは思いも
寄りませんでした。改めてお礼を言います」
そう言うと、蘭はそこにいる全員に深々とお辞
儀をした。
「いやー俺も、ビックリだったよ車を置いて皆の
所に戻って、何か騒いでいるなと思ったらこれだ
もの」
佐久間が、三人の話に割り込んで言った。
「取り敢えず、叔母さん家に運ぼうと言う事にし
たんだよな
丁度その時、追加の肉と野菜を持って来た叔母
が簡易テーブルに、それらの具材を置きながら喋
った。
「そうたい、蘭ちゃんが倒れたってあんた達が玄
関から入って来た時は、何事かと思うてしもうた
よ。取り敢えずお医者さんに来てもろて熱中症だ
ろうて聞いたけん安心したったいね、でもそれか
ら、まる一日も意識が戻らんとは思わんかったけ
どね」
叔母の言葉を、聞きながら蘭は少し違うんだけ
どと思っていた。確かに、倒れたのは事実だけど
原因は眼の前で、せっせと肉を焼いている中川景
子の手かざしから蘭の身体に強烈に入り込んだ妖
気のせいだったと確信していた。当の景子は、何
にも気付いていないがあの時何者かが景子の身体
に憑りつき蘭を昏倒させたのは間違い無かった。
「それにしても、僕を意識不明にするぐらいの妖
気を持った相手とはいったい何者だろう。それ
に、あの時見た夢とも幻覚とも言えない
あれは・・・」
村上蘭が、そんな事を考えていたら麻美達が話
の中に入って来た。
「蘭さん、ハイどうぞ」
真美が、缶ビールを差し出して蘭に渡そうとし
ていた。
「ありがとう、でもこれにも残ってますから」
飲みかけの缶ビールを真美に見せて、蘭は麻美
に話し掛けた。
「麻美さんたちにも、迷惑掛けちゃったみたいだ
ね。叔母から、聞いたんだけど僕の見舞いにきて
そのまま介抱とか、してくれたんでしょう」
麻美に、話しかけると他の二人は叔母が持って
来た追加の肉や野菜を網に並べ始めていた。多め
に入れ過ぎた炭が今になって火力が強くなり赤々
と燃え、そんなに近くにいる訳ではないのに蘭の
顔に真っ赤に灼けた炭の熱量が伝わって来た。
「介抱だなんて、大袈裟ですよ氷嚢の氷を追加し
たりしただけですから」
遠慮がちに、麻美が答えると傍らにいた叔母が
口を挟んできた。
「違うわよ蘭ちゃん、彼女達すごく甲斐甲斐しく
お世話して呉れたのよ。それで、あの子達の事が
気に入って色々話しをしてたら、そろそろ東京に
帰らなくちゃいけないって言うじゃない、何でっ
て尋ねたら本当はもう少し居たいんだけど宿代も
馬鹿にならないし資金も底をついて来たから帰る
って聞いたものだから、お節介だけど言っちゃっ
たのよね。じゃあ、蘭ちゃんとこを宿代わりにす
れば良いって」
蘭が意識を取り戻して、最初にビックリしたの
がこれで有った。事後承諾と言うやつで、眠って
いる間に彼女達が蘭の家を一勝地での宿代わりに
することが決まってしまっていた。麻美は叔母の
話をそこまで聞くと気の毒そうな顔で言った。
「村上さんに、申し訳無いからと私達も最初は断
ったんですけど・・・」
「私が彼女達を、強引に納得させたのよ。此処な
ら、宿代は掛からないし自分達で料理するなら食
材は提供して上げるって、その代わり蘭ちゃんの
分まで作って貰う事が条件だからねって言った
の、そうして貰うと私も楽だし」
叔母が言うと、麻美が付け足す様に話した。
「私達も、願ったり叶ったりで叔母さんの提案に
乗っちゃったんですけど、やっぱり村上さんには
迷惑だったですよね」
「いいえ、そんな事は無いですよ」と蘭が言い掛
けた時、真美と由香が網からいい具合に焼けた肉
を紙皿に取り分けて持って来てくれた。
「お話しも良いですけど、食べる方も忘れないで
下さい。焼け過ぎて炭になっちゃいますよ」
蘭達が、そんなやり取りをしていた脇で佐久間
に遠崎がひそひそ声で話しかけた。
「今な役場内で、妙な噂話が起きてるんだよ」
「ふーん、どんなだ」
佐久間は、缶ビールを飲みながら遠崎の話しを
聞いて居た。これが後々、ここに集まっている面
々をも巻き込む騒動になる事になるだなんて思い
もせず、今はバーベキューパーティーを思いっき
り楽しんでいる蘭達だった。