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妖光  作者: 村上蘭
19/45

警鐘


  十八




   球磨川の清い流れも、山からの土石流が流れ


  込めば忽ち茶褐色の泥水に変わる。それも嵐が


  過ぎ去ると次第に元の清流に落ち着いて行く。


  その自然の営みが時として大事に守り抜いて来


  たものをいとも簡単に崩してしまう事がある。


  それも、また自然の理なのだろうか。




  「おい、どうだ気象庁の発表は出たか」  




   この日、球磨村役場内に設けられた災害対策室

  

  には緊張が走っていた。季節外れの大型台風が発


  生して九州地方それも、熊本の直撃コースになり


  そうだったのである。それは、村上蘭が球磨村に


  やって来る一カ月前の事だった。




  「いや二回目の発表は、まだですがネット配信の


  予報では、間違いなく直撃は免れないですね」





   球磨村役場の、産業振興課の課長である山下の


  質問に遠崎が答えた。台風が発生し進路が、熊本


  直撃になりそうとの予報が出た時点で、災害対策


  室が設けられ今夜は、村長を始め男性と女性職員


  合わせた三十二名が、役場に登庁していた。実は


  前年関東地方のとある山間部地域で、避難指示が


  遅れたために多大な犠牲者が出ると言う災害が発


  生して、その時の役所の災害対策本部が、マスコ


  ミや世論から一斉に叩かれるという事が起こって


  いた。だからと言う訳ではないのだが、いつにも


  増して役場内の空気はピリピリしていた。




  「兎に角、避難指示をいつ出すかだが、みんなの


  意見が聞きたか」




   昨夜から、降り続いている雨は止みそうも無く


  今も役場の窓を叩きつけバシバシと音を立ててい


  てその窓を、横目で見ながら建設課の川越が発言


  した。




  「建設課で、先日土石流が発生しそうな箇所を調


  査した結果、球磨村の各所で土石流発生が予想さ


  れますが、中でも鬼出地区は最も危険な場所にな


  りますね。此のまま、雨が降り続けば必ず崩落等


  が発生することは間違いないと思われます」




   その報告を聞いて、山下課長が村長の顔を見て


  言葉を言いかけた時パソコンを見ていた遠崎が画


  面を見ながらの姿勢で言った。




  「気象庁の、発表が出ました。只今、長崎に上陸


  現在四十キロで迫ってますから三時間もしたら熊


  本に来そうですね」




   報告を聞いた全員が、多分同じ思いで村長の言


  葉を待っていた。村長は、建設課の職員から渡さ


  れた参考書類にひととおり眼を通すとそこにいる


  全員に向けて言葉を発した。




  「もう一刻の、猶予も無いと思われる。避難勧告


  はすでに出してあるから、一番危険と思われる鬼


  出地区は緊急に住民の避難を行って貰いたい。他


  の地区も、避難指示に切り替え直ぐに避難先の公


  民館の受け入れ準備に取り掛かって貰えるか、非


  常食に毛布の用意これは、避難訓練でシュミレー


  ションしているからその通りに行動して欲しい各


  自連絡を取り合い迅速にやって貰いたかけど、最


  優先は住民の生命を守る事であるのを忘れずにお


  願いしときます」




   村長の指示が、出たと同時に各課それぞれに別


  れて職員達は役場を後にした。球磨村では、各戸


  に連絡と防災用の備え付けの無線が有るので、避


  難指示は役場から既に放送されてる筈だが、年寄


  りで中々動こうとしない人達が居るので、安心は


  出来なかった。土石流が発生の危険度が高い鬼出


  地区は、先程発言した川越と大嶋と言う二人の職


  員が役場の車両で向かっていた。




  「川越さん、四軒は廻ったので後は鬼出地区で残


  って居るのは佐久間さんとこだけです」




   川越は車の運転を、していたので前を向いたま


  ま大嶋に答えた。




  「そうか、あそこは確か四人家族で、高齢の爺さ


  んが居たよな」




   ウインドウに、打ちつける雨音を気にしながら


  大嶋は、懐中電灯で資料を照らし川越に言った。




  「はい、世帯主は佐久間源三さんで奥さんの福子


  さん、その親父さんの平蔵さんと源三さんの息子


  の勇蔵の四人家族ですね」




   二人が、そんな話しをしてる最中にも風雨は強


  くなっている。暗く狭い山道を抜けると、急に道


  が開け車のヘッドライトに、佐久間家の建屋が照


  らし出された。  




  「川越さん、あれなんですかね。家の前で何か揉


  めてる様ですよ」




   大嶋が、運転している川越に言った。




  「本当だな、こんな台風の時に何をやってる?」




   ヘッドライトの光に、照らし出されて居るのは


  三人の男女だった。雨の中で何か口論をしてるみ


  たいで、川越と大嶋の二人は、車を降りて三人の


  所まで歩いて行ったが、雨風が強まったので川越


  は大声で住人に声を掛けた。  




  「今晩は佐久間さん、役場の者ですが鬼出地区は


  前回の調査で崩落による土石流発生が一番懸念さ


  れます。今回は近年稀に見る大型台風ですので、


  一刻も早非難してくれんですか」




   言い合いをしていた三人は、この突然の訪問者


  の声掛けと懐中電灯の光に、ビックリした様に振


  り向いた。




  「あ、役場ん人ですか今かる避難ばしようち思っ


  たら、親父がいきなり裏山に行かないかんて言い


  出して、そっで夫婦で止めよる最中ですたい」




   大嶋が平蔵の方を、向くと大声で喋った。




  「平蔵さん、何の用事か知らんけど今から裏山に


  行くのは無茶ですよ」




   平蔵は、声掛けした大嶋の方は見ずに裏山を見


  て叫んだ。  




  「行かんばならんと、あれが眼を覚ますと大変な


  こつになっとたい」




   川越は、腕時計を指で指して大声を出した。




  「兎に角、時間がないけん話しは避難先の公民館


  でしてくれんですか、平蔵さんには悪かばってん


  無理にでも車に乗せて避難して呉れんですか」




  「解んました。親父!ここにおったら危ないけん


  公民館に行くばい」




   源三夫婦は、川越の言葉に従ってずぶ濡れの身


  体で何かまだ喚いていた平蔵を車に押し込むと、


  そのまま車を発進させた。そんな、佐久間家の三


  人を見送りホッとして川越達も避難先の公民館に


  向かおうと車に乗ろうとしていた。ふと、大嶋が


  裏山を見上げると、雨風と暗さで良くは見えなか


  ったが山の輪郭だけが薄ぼんやりと解った。




  「平蔵さん、何で裏山に・・・」 




   大嶋は独り言のように言うと、そのまま車に乗


  り込んだ。二人を乗せた車は、公民館に向けて走


  り出しテールランプの赤が小さくなって行きやが


  て闇の中に消えていった。風の音が、ゴウゴウと


  なり木々の枝葉を騒々しく揺らし、吹きまくって


  いる。やがて、裏山の方角から地鳴りの様な音が


  聞こえたが、強くなる一方の風の音にかき消され


  てしまった。







 














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