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妖光  作者: 村上蘭
17/45

清乃遭難



  十六




   快晴と言うのは、こんな日を指すのだろう。そ


  の日は、雲一つ無い青空が広がっていて貞朝は、


  まだ暗い内から山に入り薬草取りに励んだ。源氏


  の追っ手が来るまで、日は有るとは言え油断は出


  来なかった。残して来た清乃が、気掛かりだった


  のと何か言い知れぬ不安を貞朝は持っていたので


  早く作業を終わらせて帰りたいと感じていたのだ


  が、変事の報せは昼もとうに過ぎた頃に届いた。




  「貞朝さま、大変でございます」




   帰り支度も終わり、山を降りようとしていた最


  中に村の若者が、慌てふためいて貞朝の所まで駆


  けつけて来た。




  「いかが、致したそんなに血相を変えて」




   急ぎ山を下る途中に、村の若者に仔細を問いた


  だした時、嫌な予感が当たってしまったと貞朝

  

  は考えていた。




  「へえ、それが」




   若者の話によると、昼過ぎ突然に源氏方の武者


  が郎党二人を連れて村に現れたとの事だった。


  まだ、五日ほど先の事と考えていた村長も村人達


  も狼狽えたが、取り敢えず歓迎の意味も兼ねて酒


  を呑ませて酔い潰そうという事に決まった。その


  間に二人を、逃がす案を考えたのだが殊の外武者


  が酒に強く、やっと酔いが回り出したと思ったら


  今度は酌をする女を出せと言いだした。村の女子


  衆はみんな怖がって行きたがらないし、困ったと


  思案していた所、たまたま別れの挨拶に来ていた


  清乃が自分達にも、責任がある事だからと自分が


  行くと言い出したらしかった。




  「したたかに、酔って居る様だし村娘の振りをし


  ておれば解るまい。私が時を稼ぐ故、誰か父上に


  この事を知らせては呉れまいか、父上が帰って来


  たら隙を見て抜け出します」




  「そんな風に、仰って武者が居る部屋に入って行


  かれました」




   そこまで、話して若者は急に口淀んでしまい話


  すのをやめてしまった。この若者は名を、伊作と


  言い村長からの伝言を伝える役目でこの頃ちょく


  ちょく貞朝の家に出入りしていた。清乃とも、親


  しく話している様子を見て貞朝は、伊作が清乃を


  好ましく思っているのではと、父親の立場から少


  しの心配とある種の希望を持って眺めていた。し


  かし事態は、そんな呑気な事を考えるのを許さな


  い状況であることは間違いなかった。




  「それで、清乃が部屋に入ってからの様子はどん


  な感じなのだ。




   貞朝達が、やっと村に辿りついた時にはすでに


  夕闇が辺りを包み始める時刻になっていた。接待


  の場所である村長の家の離れは、入り口の戸以外


  はつっかえ棒で開け閉めする窓があるのみで他に


  中に入れる場所は無かった。その入り口には、従


  者の二人が槍を傍らに置き見張り番をしていた。




  「へえ、それが気味の悪いくらいに静かで物音一


  つせんとです」




   貞朝は、それを聞いて清乃はおそらく無事では


  有るまいと確信して居た。貞朝がまだ若く医術の


  道を志す前、天下の覇王を目指していた若き平清


  盛の傍らで、各地の戦場を転戦していた時期が有


  った。その頃に見た、村を占領した武者たちの横


  暴ぶりは嫌と言う程見てきている。今、此処に居


  る源氏の武者がどの様な者か貞朝の預かり知らぬ


  所では有るが、多かれ少なかれそう変わらぬ筈で


  ある。酒をしたたかに呑んだ男が、次に求めるの


  が女体である。正に、清乃は腹を空かした狼の寝


  ぐらに飛び込んだ一羽の兎で有りどうぞ食べて下


  さいと言ってるのも同然なのである。若い清乃に


  そこまでの危機感を求めるのは、無理な話だ。た


  だ早まって、自害などして居らねば良いがと願う


  だけであった。




  「伊作、では先ずあそこにいる二人の従者を片づ


  けるとするか」 



 

   貞朝と伊作の周りには、事態がどんな風に進む


  のか全く掴めない村長や村の男たちが固唾を呑ん


  で見守って居たが、貞朝の「片づける」の言葉に


  反応して恐れをなし腰が抜けそうになって居る者


  も中にはいた。伊作は、刀に手を掛けている貞朝


  の尋常ならざる様子を見て恐々聞いた。




  「貞朝さまは、あそこに居る二人を斬られるおつ


  もりですか?」




   村長や伊作、そして男たちの眼をしっかりと見


  据えて貞朝は答えた。




  「いや物音をたてるのは、得策では無い酒をたら


  ふく飲み恐らく女も抱いて、部屋に居る武者は多


  分高いびきで寝ておる筈だ。そこでだ、あの二人


  に食べ物を持って行っては呉れまいか」




   そう言うと、貞朝は背中に背負って居た布製の


  小物入れを外し拡げると紙に包んである粉薬を取


  り出した。




  「これを、食べ物と一緒に出すお茶の中に入れて


  呉れるか程なくあの二人は眠ってしまう筈だ」




   言われた通りに、食べ物とお茶を差し出すとそ


  れを平らげた二人の従者は、暫くするとウトウト


  し始めている。どうやら、貞朝が渡したあの粉薬


  は現在で言う所の、睡眠導入剤の様な物に違いな


  かった。伊作が、息を殺して貞朝ににじり寄って


  来て告げた。




  「貞朝さま、二人は寝てしもたごたるですが後は


  どぎゃんしますか」




   貞朝は、伊作ともう一人に荒縄を持って付いて


  来るよう指示し自身は、刀を腰に差して用心深く


  音をたてない様に、離れに近づいて行った。荒縄


  で縛り上げた従者二人を、地面に転がすのを見届


  けてから貞朝は、離れに入って行き中の様子を伺


  った。囲炉裏の火はまだ燃えてはいたが中の様子


  が分かる程では無い、今夜は月夜で比較的明るか


  ったがそれでも眼が慣れて来るのにしばしの時間


  を要した。土がむき出しの土間には、膝より少し


  だけ低い上がり框が有る。高床に上がると、部屋


  の真ん中付近に身の丈六尺は、有りそうな武者と


  思われる男が褌一つの姿で、大の字に寝ているの


  が見えた。酒が効いて居るのか起きる気配は無か


  った。周りには、徳利や盃などが転がっていて貞


  朝が部屋の隅に目を凝らすと、茫然自失の体でう


  ずくまっている影が見えた。一瞬で清乃と解った


  がその姿は無残であった。おそらく、武者から乱


  暴されたであろうその姿は、一糸まとわぬ裸だっ


  た。処女の証である鮮血が流れたものか、床に


  黒い染みを作って居るのが月明かりでも


  伺えた。   




  「自害は、して居らなんだか」




   ホッと胸を、撫で下ろした貞朝であった。傍ら


  に無造作に、投げ捨ててある着物を掴むと武者の


  様子を窺い乍ら清乃に近づいて行った。   




  「清乃」



 

  「・・・・・」




   声を掛けたが、清乃の返事は無かった。貞朝が


  構わず着物を、着せ掛けると初めて清乃が暗がり


  の中で反応を示した。恐怖で、引き攣った眼で貞


  朝を見ると本能のなせる業だろうか、その口から


  叫び声を上げようとした。間髪を入れず貞朝が肩


  を押えながら口を手でふさいで小声で囁いた。




  「清乃、儂じゃ良く見ろ貞朝だ。父じゃ助けに来


  たぞ」





   「父上・・・」




   後は言葉にならず、その眼から大粒の涙を流す


  と清乃は父に持たれ掛った。




  「清乃解って居る、お前の無念は此の父がきっと


  晴らしてやる。じゃが、今はここから出るのが先


  決じゃ立てるか?」




   その頃離れの外では、村長や伊作達が貞朝父娘


  を心配しながら待っていたが二人の姿を、認める


  と安堵のため息が自然洩れた。  




  「伊作、相済まぬが清乃を女子衆の所に連れて行


  って手当と身なりを整えさせてくれ、このままで


  はあまりに不憫で見て居れぬ。それと、清乃が思


  い余って自害せぬように見張って置いては呉れま


  いか」




  「へい」と返事をして伊作は清乃の手を取り母屋


  に歩いて行った。その後ろ姿を見送ると、貞朝は


  村長と村人達に向って有る覚悟を伝えた。




  「さて、皆の衆これよりは身共と源氏武者との闘


  いじゃ、出来れば争い事は避けたかったが、そう


  も行かなくなってしもうた。娘に乱暴狼藉を、働


  いたあの男に対してこのまま、黙っていたら武士


  の面目がたたんでの、じゃが皆の衆は一切関わり


  合いにならぬようにの、後でどの様なお咎めが来


  るか解らんでの、それ故今夜ここで起きた事は見


  ても居ないし聞いてもおらぬで通してくれ」




   村長達は、そう言う貞朝の言葉をただ黙って聞


  いて居た。




  「ただ身共は、此処で仮に返り討ちに会って命を


  落とす様な事が有っても、後悔は無いが心残りは


  清乃の事だ。武士としては、先に話した通りだが


  親としては娘には幸せになって欲しいと思うのが


  正直な所だ。身共が死ぬ様な事に、なった時には


  清乃の行く末をお頼みすることは出来まいかの」




   貞朝が喋り終わると、村長が一歩前に出てきて


  言った。




  「貞朝様お気持ちは、よく解りました。清乃様に


  付いては我らで出来る限りの事はさせて貰います


  ので、後の事は心配せんで立派にご本懐を遂げて


  下はりまっせ」




  「かたじけない、それでは行って参る」




   それだけ言うと、貞朝は懐から紐を取り出し端


  の方を口に咥えて、たすきに掛け身体に結び終わ


  ると、刀を鞘からゆっくりと抜き音を立てないよ


  うに離れの戸口から中に入って行った。












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