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妖光  作者: 村上蘭
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旅立ちの時来る



  十四




 


  「これは、まずか事になってしもうたばい」




   村長は、貞朝の家の前でそう呟いた。戸口に


  は、診察を待つものが二、三人列をなして立っ


  ている。貞朝が、藪医者であればこのような事


  態にはなって無かったが、なまじ優秀だった為


  に評判が立ち過ぎてしまった。おまけに貞朝の


  娘は、これまた悪霊を払う事の出来る巫女と来


  た。それから、程なくして父娘の所に村長が難


  しい顔をして訪ねて来た。




  「貞朝様、お話がございますがお時間は宜しいで


  しょうか」




   村長は患者が切れた頃合いを、見計らって貞朝


  に言った。この村で暮らし出して、一年が過ぎて


  いたが貞朝も村長が、もうそろそろ訪れて来るの


  ではと予想していた。




  「清乃、村長にお茶をお出ししては呉れぬか」




   清乃は頷き、台所に立つと直ぐ様お茶の用意を


  した。村長は、出されたお茶を啜り終わって暫く


  お茶碗を、眺めるともなく見つめていたが漸く話


  し出した。




  「貞朝様、良いにくかばってんお二人にはこん村


  から、出て行ってもらわんと仕様がなくなりまし


  たばい」




  告げれた貞朝に、落胆の色は見られ無いこの申し


  出を当然と言う顔をしていた。清乃もそれは同じ


  で、むしろ、気の毒そうな顔をしているのはその


  事を告げた村長の方だった。




  「ここかる十里程球磨川を下った先に八代という


  所があるとですが、そこに平家追討の源氏の武者


  が郎党を連れてやって来たとの報せが届いたつで


  すたい。実は、今日あるこつば思うて八代の知り


  合いに何事か異変のあったら知らせてくれち頼ん


  どったとです」


  


  貞朝は、清乃に目配せして了解を取るような素振


  りを見せると村長に言った。

  



  「なるほど、お話は解りました。ついにその時が


  来ましたか、その事については娘とも事あるごと


  に話をしており申した。正直ここの暮らしに、や


  っと馴染んで来た所で残念な気持ちは有り申すが


  まあ、思っていたより少し早まったという所です


  かな」




  清乃は、村長のお茶碗に茶を継ぎ足すとお茶出し


  を傍らに置いて、両方の指を床につけると深くお


  辞儀をした。




  「村長殿、これまでの身に余るご厚情誠にありが


  とう御座いました。父と二人、旅立つ事に相成り


  ますが御恩は一生忘れる事では有りません」




  村長は清乃からの、あまりに丁寧な挨拶に後ずさ


  ると平身低頭して言った。




  「なんの、勿体のうございます。孫の命ば助けて


  頂いたお二人に仇名す様に、村から出て行って貰


  うのは心苦しく思うとります。村の者達も出来れ


  ば、お二人にはずっとこの村に居て貰いたいと言


  うのが本音ですたい」




  村長の、言葉を聞き終えた貞朝は清乃に注げた。




  「清乃、あれを持って来なさい」




  「はい」




  奥の部屋に入って、何やらゴソゴソしていた清乃


  だったが暫くすると、両手に書物を捧げ持つよう


  にして出て来た。




  「村長殿、これは身共がこれまでの経験からした


  ためた漢方薬の事が書いてある書物でござる。此


  れには、様々な病気に罹った時にどの薬が適当か


  書かれてござる。その際、文字が読めぬでも解る


  様に病の症状とそれに効く薬草を絵で示してある


  から誰が見ても大丈夫になっとる」




  渡された書物を、押しいただき村長が目を通すと


  びっくりした顔でそれを貞朝に返した。




  「とんでもなか、こんなお宝の様な大事な物を貰


  い受けるなど、そんな勿体ない事は到底できんで


  すばい」




  貞朝は、村長の手を取ると返された書物を再び渡


  して言った。




  「村長殿、これをお宝と申して呉れるのは大変に


  有り難いが、この書物は使ってこそ価値がある。


  その辺に積んで置くだけでは、只の荷物に過ぎん


  のだ。この村でお世話になった恩返しを、身共ら


  はこの様な形でしか出来ない。だから村長には、


  是非にも受け取ってほしいのだ」




  貞朝の心根が、伝わったのか村長は漸く書物を受


  け取った。




  「解りました。では、有難く頂戴いたします。そ


  の代りと言っては何ですが、お二人の旅支度は出


  来るだけ用意させて頂きます」




  村長の申し出に、異論のある筈は無かった。例の


  源氏の追っ手が村にやって来るのは、村長の知り


  合いによると四、五日先との事だった。




  「清乃、儂は明日もう一度山に入り薬草を取って


  来ようと思っておるがどうかの」




  思案する顔も、見せず清乃は答えた。




  「それは、良うございますね。出来るだけ村人に


  薬を残したいとのお気持ちでございましょう。追


  手の事を考えると気がはやりますが日はまだ有る


  様ですので、父上が山に出かけている間に私は旅


  立ちの用意と家の掃除などをしていつでも出立出


  来る様に致しておきます故」




  清乃が、そう語った声音を思い出す度に取る物も


  取り敢えず、直ぐ村を出て居ればと後々後悔する


  事になる貞朝なのだが、この夜はこれまでの平和


  な暮らしとこれから味わうであろう旅の苦難に思


  いを馳せる位しか出来ない貞朝であった。












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