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妖光  作者: 村上蘭
14/45

畏怖すべき能力



 

 十三




  貞朝は先ず何があったのかを質した。又吉は山か


 ら戻った後の事を仔細に話し出した。




 「へえ、山から家に戻ったらかかあの姿が見えんの


 で婆に聞いたら子供らを連れて裏山に野草取りに出


 掛けたというんです。その内、帰って来るだろと畑


 仕事を夕方までやって戻ってきたらまだ帰っとらん


 こらおかしかと山に登ると稲荷神社の辺りで、子供


 の泣き声が聞こえて来たんです。行ってみると、か


 かあがこんな感じで神社の前で座り込んでおったで


 す。無理やり、家まで連れては来たもののどうする


 事も出来ず、それで先生の所に駆け込んだという訳


 ですたい」

 



  貞朝は又吉の話を、最後まで聞きそれからトメの


 様子をもう一度じっくりと観察した後、貞朝達の背


 後で一部始終を見ていた清乃に声を掛けた。




 「清乃、どうやらこれはそなたの仕事の様じゃの」




  そう言われて、娘は父親の眼をしっかと見て頷く


 と静かな口調で言った。




 「どうやら、その様で御座いますね」




  平清盛、源頼朝や義経などが活躍したこの時代


 の日本には漢方薬や針鍼灸などを、得意とする漢


 方医の他に人に取りついた物の怪や、鬼と言った


 人智を超えた存在に対処する陰陽師と呼ばれる者


 が医療行為の両輪として存在していた。清乃は、


 幼い頃より霊能力に長けており成長すると、父親


 の補佐の役目を担いつつ都の平家一門の医療行為


 に従事していたのだ。清乃の、指示により貞朝と


 又吉の二人掛かりで、抵抗するトメを部屋に押し


 込むと歯をむき出しにして敵意を露わにする表情


 を見せるトメだったが、その身体には明らかに得


 体の知れない者が獲り憑いているように見えた。


 清乃は、男二人掛かりで肩を押さえられて正座さ


 せられているトメの前に立つとその頭にゆっくり


 と手を置くと厳かに語り出した。




 「又吉の女房トメに、取り憑きし異形の者よ大人


 しくトメより離れれば良し、さもなくば少々手荒


 な事をするがそれでも良いか返答やいかに」




  清乃の、凛とした声が部屋中に響いた。その言


 葉を、侮るような低い笑い声がトメの口から洩れ


 ていた。




 「クックックッ、小娘が私を誰だと思っておるの


 だ。お前如きの術で、退散させられるとでも思っ


 ているのだったら片腹痛いわ」




  その言葉を、聞くが早いか清乃は次の行動に移


 っていた。トメの頭を両手で、ガッチリ掴むとそ


 の額に自分の額を当てると眼をつぶり有りったけ


 の念を送り出した。暫く、その状態が続くとトメ


 がたまらず白目をむいて苦しみだした。




 「ウオー、何をした。小娘おのれ食い殺してくれ


 るわ」




  だがトメの抵抗は、そこまでだった。急に目を


 つぶったと思ったらその場に、倒れ込んでしまっ


 た。しかし、清乃はトメの頭に置いた手はまだ離


 してはいない。




 「父上、又吉さんまだトメさんから手を離したら


 駄目ですよ。今から、トメさんの身体に憑りつい


 た者を剥がしにかかりますので」




  そう言うと、清乃は眼をつぶり念を集中させ常


 人の眼には見えない何かを、トメの頭から引きず


 り出すと土間にその恰好のまま降り誰かを諭すよ


 うに話し始めた。




 「そうか、解った。そう言う事であったか、じゃ


 が今日は大人しく山に戻れ」




  清乃はそう言って家の表に出ると鷲掴みにして


 いた右手の指を裏山の方角に突き出すと叫んだ。




 「退散」




  暫く彼方を、見ていた清乃だったが漸く家の中


 に戻ってきた。何が起きたのか、解らず茫然とし


 ていた又吉はトメを掴んでいた手を離した。トメ


 は、暴れた際に着物の胸元がはだけ乳房が露わに


 なり太腿が裾の間から見え隠れしていた。一人は


 亭主だが、男二人に見られているのに気づき身体


 の自由がまだ効かない手で、隠そうともじもじと


 していた。部屋に戻ると清乃は貞朝と又吉にトメ


 の介抱をするから部屋の外で待つ様に頼んだ。ト


 メが回復するのに、少しの時間を要したが皆が落


 ち着いた所で、清乃は何が起きたのか訳を話し出


 した。




 「最初、私はトメさんに憑いているのはタチの悪


 い悪霊かと思いましたが、そうでは有りませんで


 した。何の事は無い裏山の、稲荷神に仕える白狐


 だったのです」




  貞朝を除いた皆は一様に驚いた顔をしている。


 又吉とトメそれに奥で、恐々事態を見守っていた


 婆とまだ幼い子供達も居た。




 「何で、お狐様が?」




  聞いた又吉に、清乃は静かな口調で話した。




 「白狐が言うには、この頃稲荷神社にお供え物ど


 ころか参る物も無かった。これでは、余りにも稲


 荷神を蔑ろにしておる。そこで稲荷神に、仕えて


 いる白狐が戒めのため人間に憑りついて知らせよ


 うとしたとの事らしいのです」




  清乃の話しに、一同は感心と畏怖の面持ちで聞


 いていたが又吉はその場に突っ伏した。それを、


 見ていた他の者達も同じ様に清乃に対してひれ伏


 したのだった。




 「清乃様、いえ巫女様ありがとうございます。早


 速お稲荷様には、お供え物をさせて貰います」




  清乃は、いつまでたっても顔を上げずひれ伏し


 たままの一同に少し困惑して言った。




 「又吉さん、それに皆さんもどうか頭をお上げく


 ださい。私はそれ程大した者では御座いません。


 今まで通り普通にお付き合いくださりませ」




  清乃が普通に、と言ってもこの出来事はあまり


 にも衝撃的だった。人の口に、戸は立てられぬと


 言うがいくら村長が箝口令を敷いても、山奥のひ


 なびた村に腕の良い医者と神様につながる事が出


 来る。霊験あらたかな、巫女がいると言う噂は貞


 朝たちの思惑とは別に村々に広まりやがて病気を


 治して貰いたいと二人の所に訊ねて来る者が次々


 に来ると言う困った事態になってしまった。








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