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妖光  作者: 村上蘭
12/45

それぞれの利害




 十一

 



 「それで、主たちは何者か?何で断りもなく村の御


 堂で寝ておったとか」




  荒縄で、ぐるぐる巻きにされた父娘は村の長であ


 ろうと思われる老人の前に、引き据えられていた。


 夜明け前に、御堂で襲われた挙句二人は村長の家に


 ある大きな銀杏の木の根元に、明るくなるまで縛り


 つけられていた。無論、逃げられない様に屈強な村


 の若者三人に見張られての事だった。それまで、頭


 を垂れていた父親が取り囲んでいる男たちを、一瞥


 すると村長の方を向き話し出した。




 「ご老人は村の長とお見受け致す。この様な姿で、


 挨拶する事に相成るとは誠に面目もござらぬが、仔


 細を聞いてはいただけぬか」




  村長は、その言葉を聞くと人品骨柄卑しからざる


 者と悟ったのか村の若者一人に、二人の縄目を解く


 様に命じた。




 「早速のご配慮痛みいる」




  父親は縛られていた腕の辺りを、擦り娘の縄目が


 解かれたのを確かめると安心した様に話し出した。


 この頃になると、陽が随分と登って朝餉を終えた村


 人たちが、物珍しそうに村長の家の周りに集まって


 来ていた。




 「身共の、名は藤原貞朝と申します。実は、先の源


 氏と平家最後の合戦壇ノ浦の戦いの後、ここまで落


 ちのびて参った次第でござる」




  それを、聞いた村人たちは「平家じゃ、平家の落


 人じゃが」と、口々に言いにわかに騒ぎ出した。




 「えーい、騒がしか黙らんか」




  村長が忌々しげに、戒めるとと村人達は口を閉ざ


 した。その代りに、村の平穏を脅かすかもしれない


 二人を注視した。




 「ご老人我らは、この村に騒ぎを起こすつもりは毛


 頭ござらん源氏方の、追っ手を逃れて此処まで来た


 が生憎昨夜は、雨にたたられ仕方なく御堂をお借り


 した次第で朝になれば食べ物を、少し分けて貰い出


 立するつもりでおり申した」




  村長である老人は、胡坐のまま腕組みをし両の眼


 をしっかと開きその言葉を聞いていたが、やがてそ


 の口を開くと言った。




 「主は、平家の武者かの?伝え聞いた噂によれば、


 壇ノ浦で平家の武者は戦ったのち、船より海中に没


 し全て死に絶えたと聞いて居るが、主たちは何故生


 きておるとか」




  藤原の何がしと名乗った男はすぐに答えた。



 「それを、問われると辛いが拙者は平家に仕えてお


 ったが武者ではござらん。平清盛様の、お身体を診


 ておった医者でござった。実は、拠無い事情で平家


 方の船に乗ること叶わず平家滅亡の折に、源氏方の


 追っ手を恐れ落ちのびてきた次第でござる。因みに


 これに、控えおるは我が娘の清乃と申す」




  村長は言い分を、黙って聞いていたが自分は医者


 であると言う男の言葉を聞くと、それまで表情を変


 える事の無かった顔の眉根が一瞬ひくっと動いた。


 そして、傍らにいる世話役と思われる初老の男に何


 事か話しかけると向き直って言った。




 「藤原様、ちょっと此方に来て下さらんか」



 

  村長は、そう言って手招きの様な仕草をすると奥


 の部屋に続く廊下を進んで行った。父親は、娘をそ


 の場に置いて行くのは、少し躊躇われたが思い直し


 て足の汚れを払った後、村長の後に続いた。老人は


 廊下の奥まった所の、右手にある薄暗い部屋の前で


 貞朝が、来たのを確かめると口を開いた。




 「藤原様、あなた様が医者だと言われるならその証


 を見せてくれんですか」




  村長はそう言うと部屋に入って行った。貞朝も、


 その後に続いたが部屋に入る前から匂っていた香木


 の香がむせる程に、貞朝の鼻腔を刺戟して来た。


 その六畳程の部屋に敷いてある薄い敷き布には、ま


 だ年端も行かない幼子が寝かされていた。傍らには


 母親だろうか水を絞った布巾で、子供の額の汗を拭


 っている最中の様だったが、村長が目配せすると母


 親は黙って部屋を出て行った。




 「この子は、わしの孫たい梅の花が咲く時分に病に


 罹り薬草やらなんやら、色々試して見たばってん一


 向に治る気配がなか、治るどころか悪くなる一方た


 い。此の山奥じゃ来てくれるお医者もおらん、村に


 たまたま通りかかった修験者から、病気に効くから


 と手に入れた香木を焚いてはいるが・・・」




  そこまで聞いて、貞朝は幼子の近くににじり寄り


 先ず額にその手をあて、次に手を取ると脈をはかり


 始めた。掛け布を静かにめくると、着ている物を脱


 がせその胸に耳を当て暫く目をつぶり聞いていたが


 おもむろに頭をもたげると村長に向って言った。




 「ご老人、診立てさせて貰ったが容態は決して良い


 とは言い難いし、予断は許さんが救いはある。この


 孫殿は、どうやら生まれつき心の臓が強い様じゃ春


 先から今まで生きながら得ていたのはその証かの」




  その言葉を、聞くなり老人はいきなり貞朝の手を


 取り縋るような眼差しで言った。




 「藤原様、いやいやお医者様今までのご無礼お許し


 下さい。どうか、孫の命を助けて貰えんですか」




  言われて、貞朝は一瞬こわばった表情を見せたが


 直ぐに、冷静な顔に戻り村長に指示を与えた。その


 顔には、既に素性の解らぬ男の顔ではなく怜悧な医


 者の顔になっていた。




 「ご老人では先ず、もう少し日当たりの良い部屋は


 ござらんか、在ればそこに移すのが先決だ。それと


 山に行って薬草の類を見繕いたいと思うが、出来れ


 ば村の若い衆にも手伝って欲しいのじゃが」




  そこからの、村長の行動は早かった。村の若者を


 二人呼び貞朝の供をする様に命じ、それが終わると


 家の中で一番陽当たりの良い部屋に幼子を移した。


 焚いていた香木は、貞朝から肺に良くない事を告げ


 られ此れも既に消してある。あらかた貞朝に指示さ


 れた要件を済ませて、他にすることは無いか貞朝に


 尋ねた。




 「ふむ、強いて言えば五月とは言え夜半ともなれば


 寒い日が有る。部屋は、出来るだけ温める事かな」




  そう聞いた村長は、頷いたが貞朝がまだ何か言い


 たそうな顔をしていたので、気を利かせて言った。




 「はて?まだ、何か」



 

  言われた、貞朝は少し遠慮がちに切り出した。




 「実は、些か恥ずかしい話だが娘も身共も一昨日か


 ら何も食べておらんでの、もう腹が空き過ぎて倒れ


 そうなのだが」




  一瞬、呆気に取られた顔をした村長だったが笑い


 ながら女子衆に命じ、食事の用意をするように手配


 をしてくれた。それを傍らで、聞いていた清乃のお


 腹の虫が突然グーとなり、恥ずかしさのあまり真っ


 赤になっている娘の手を引いて、貞朝は招かれるま


 ま村長の家の中に入って行った。











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