吉野ヶ里遺跡の空振りについて
吉野ヶ里遺跡で未開封の石棺が発見され、卑弥呼の棺という可能性もあると大きく報道されたものの、結局卑弥呼の痕跡どころか人骨も副葬品も発見されませんでした。
「調査は空振り」、「大山鳴動して鼠一匹」的報道があったこともあり、同様の意見をSNSで発信する方も多く見られました。
まあ、素人的な見方をすれば、これは仕方がないことといえます。
ただし、多少なりとも考古学、まあ、私の場合はエジプト学ですが、同業者的香りに触れる機会がある方であれば、あれを発見できたこと自体が大きな成果であり、これから深く調査をしていけば、さらなる「知的」発見があることは確実と捉えていることでしょう。
さて、未開封の石棺にも中に何もなかったという発表を聞いて、私が何を思ったか?
もちろん残念という気持ちはありました。
それと同時に、エジプト学でも同様のことが何度も起きていたことも思い出していました。
まず、このような話でよく登場するのはギザで発見された大ピラミッドの建造者クフの母ヘテプヘレスの埋葬品。
これには、副葬品は丁寧に安置され、その埋葬室は荒らされた様子がないにもかかわらず、埋葬品に含まれていた石棺には王妃のミイラはありませんでした。
そして、さらに今回の事例に似ているのが、ザカリア・ゴネイムが1950年前半にサッカラのセケムケトの階段ピラミッド複合体で発見した石棺です。
実はこの棺も封印されていたのです。
そして、その後の経過も、実は今回と非常に似ています。
たしかに石棺は未開封だったのですが、発見された部屋自体は荒らされていました。
それにもかかわらずその石棺だけを見て、発見者本人はもちろん周囲も「ツタンカーメン王墓」に匹敵するような大発見と大騒ぎをした挙句、大々的な開封式をおこない棺の蓋を開けたところ、中身は期待とは程遠いものだった……。
まさに、つい最近見た光景です。
この発見者ザカリア・ゴネイムにはこのあととんでもない悲劇が降りかかり、最終的には彼は自殺してしまうことになります。
今回の吉野ヶ里遺跡ではそのような事態には進まないでしょうが、素人ならともかく考古学者であるのであれば、調査結果を待たずに軽々しく希望を事実のごとく発言するのは控えるべきだとは思いました。
まあ、この辺は私が勝手に自分の師であるしているイギリスのエジプト学者バリーケンプの姿を見ているからそう思ったのですが。
最後に、ザカリア・ゴネイムのこの発見は日本ではあまり注目されていませんが、「埋もれた謎のピラミッド」というタイトルでこれに関するゴネイムの著書の翻訳本が出版されています。
かなり古い本ではありますが、アマゾンで時々売りに出されるので、興味のある方は丹念に探してみるとよいでしょう。
以前は比較的安く売られていたのですが、アマゾンでエジプト本専門にレビューしている私の同類ともいえるあの方のおかげなのか出るとすぐとなくなる状態のようです。
まあ、あの方のレビューはおもしろいエジプト本を探すのには目安になっていいのですが、こういう弊害もあるわけです。
ちなみに、私の手元にあるハードカバー版は初版ですが、かの三島由紀夫氏はこの第二版を持っていたとか。
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大先生と知事様はそこに残された証拠から今回発見されたものが邪馬台国時代の棺と宣わっていますが……。
まず、この邪馬台国時代というのは、いつからそのような時代ができたのか。
弥生時代後期とか、邪馬台国と同時代とかではなく、邪馬台国時代。
というか、そうそれだけで邪馬台国時代とやらと特定できるほど山ほど棺が見つかっているのなら、そこから邪馬台国に辿り着けるような気もしますが、いかがなものなのでしょうか。
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石棺から取り出された土は分析にかけるのでしょうね。
なにしろ、大先生は、骨や衣服は腐って消えたからないという趣旨の説明されていましたから。
今は昔と違い、それが本当かどうか調べればわかります。
さて、どうなることやら。




