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アマルナへの扉  作者: 田丸 彬禰


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ピラミッドの石

これについては日本人の多くが勘違いしていることをまず指摘しなければならないです。


ピラミッドをつくるための石はナイル河を使って運ばれてきた。


それがテレビ番組による刷り込みによるもので、事実よりも面白さを追求する民放どころか公共放送であるNHKでも昔からその思わせる映像が多数流されてきた結果といえます。

証拠を挙げろといわれそうなので、ひとつ例を挙げておけば、「四大文明展」というものに関連する番組。

一応正解的なものを言っておけば、外装石に使われた質の良い石灰岩や、王の間やそこに置かれた石棺をつくる際に使用された花崗岩は間違いなくナイル河を利用して運ばれてきたものです。

ただし、それはピラミッド全体から考えればほんの僅かであり、現在はむき出しになっている核の部分に使用された石はすべてピラミッドと目と鼻に先にある多くの採石場から運ばれてきたものです。

多くは砂の下になっているものの、注意してみればその痕跡を見ることはできます。


そして、その積み上げ方については色々な説があるわけですが、人力でおこなう以上、傾斜路を使わないわけにはいきません。


傾斜路については、いずれやるとして、今回これを書く気になったきっかけもの。


それは、その石はどこで成形されたのかということ。


エジプト学者である河江肖剰氏によればピラミッドの核に使われた石は大きさがまったくバラバラであるそうだ。

たしかにむき出しになった内部を見ることができるメンカウラー王のピラミッドでは確認できます。

ただし、すべてがそうなのかといえば、これはなかなか難しい。

例を挙げれば、メイドゥムとダハシュールの屈折ピラミッド。

さらにいえば、テレビ番組で河江氏が力説していたクフ王のピラミッドでも大回廊や王の間では現代人が違和感を覚えることがないくらいに大きさが揃ったブロックが使用されています。

それに、外装石に近い部分については核の部分についてもまったく同じとはいかなくても、少なくても高さは均一化されているように見えます。

そして、外装石にいたっては、それが残っているカフラー王や屈折ピラミッドを見てのとおり。


もちろん、ここで言いたいのは河江氏の言葉が間違いであるということではなく、前述のとおり切り出したときには様々な大きさだった石がほぼ同じ規格となっている理由。

つまり、いったいどこでその大きさにされたのかということ。


採石場?

運搬され傾斜路で積み上げられる直前?

それとも積み上げられる前?

こればかりはいつものように根拠なく断定してしまうこともできません。

もちろん現代人の感覚では積み上げてからという選択肢は落ちそうだが、そうでもない。

というのは、外装石に関しては、ある程度削り落としがおこなわれ、最終的には据え付けがおこなわれたところで仕上げがおこなわれた証拠がカフラー王のピラミッドに残っているそうだからです。

今ほど採石道具や技術が発達していなかったので、採石場ということはないかといえば、カフラー王のピラミッド北側に残る採石跡(おそらく新王国時代のものだろうが)を見るとこれも簡単に否定できません。


ということで、今回は疑問の提示だけ。

正解らしきものが見つかったところで追加ということで今回はおわり。

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