トトメス2世の王墓発見について 追加
5月31日に新宿でおこなわれるセミナーで筑波大の河合望さんがこの発見について話をするそうです。
今のところ、この日は開いているので、このセミナーに参加するつもりつもりです。
実際に専門家がこの発見をどう考えているのか楽しみですが、せっかくですから私自身の意見を述べて、その日に答え合わせをしたいと思います。
といっても、すでに私の意見はすでに書いています。
ほとんど何も出てきていないので、想像というよりも妄想に近いのですが、敢えて言わせてもらえれば、その墓をつくった意図はともかく、王墓として使用したのかは疑わしい。
その理由は発見された遺物の少なさ。
もし、ここが王墓として使用され、発見者の言うように洪水の影響で一部が破壊されたので別の墓をつくり再埋葬したのであれば、あの程度の遺物しか残っていないはずがない。
再埋葬するくらいの被害が出たのであれば、埋葬品の破片はもっとあるはずということです。
さらにこの王墓からは石棺または石棺の破片が見つかっていないのもこの墓が王墓として使用されていなかった理由のひとつ。
もちろん第18王朝において石棺の使用が始まったのはトトメス3世、またはハトシェプスト女王の時代で、トトメス2世の時代は木棺にミイラが治められたという可能性も否定できないという意見は承知している。
だが、それを否定する根拠は、この墓の近くにあるトトメス2世の妃であるハトシェプストの王妃時代の墓に残されていた石棺です。
妃の埋葬には石棺が使用され、王の埋葬には石棺が使用されなかったと主張するのは相当厳しいでしょう。
また、石棺を再埋葬の際に移動させたという意見もあるかもしれませんが、これは事実上無理といっていいです。
その重量物をその傾斜で引き上げるのはあの時代ではできないことですから。
そして、再埋葬がいつおこなわれたのかということも実をいえば、興味深いものです。
墓を警備する側として、王墓が点在する状況は好ましいものではない。
その後の王墓の建造を考えれば、トトメス2世の王墓が移動したのであれば、やはり王家の谷につくられるべきではないか。
そう考えます。
さて、河合望さんがこの墓についてどのような見解を示すのか?
出てきている情報だけ伝えるお茶を濁すような話ではなく、自身の意見を交えたものを期待します。




