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竜の住まう谷 ロベリア譚  作者: 訪う者
そうして、私はかの地へ誘われる。
9/28

洞窟の中で

水のカーテン、もとい滝を抜けて2・3分ほど荒削りな坂道を下って歩くと、少し開けた場所があり、そこに畑と下を流れる川へと続く階段があった。

季節の野菜たちがすくすくと育っている畑が3つ、残り5つは芽が出て成長しているもの、収穫が終わったのか特に何も生えていないものなどがあった。


「すごい!ほんとに畑があるなんて!!」

「ロベリア、うれしそうだね」


バレリアンが、微笑むのを目の端に捉えたけれど、気にせず畑の周りをぐるっと一周した。けして大きくはないが、一人きりで切り盛りするにはなかなか立派な畑だ。

畑全体を囲うように、果物の樹が生えていてちょっとした秘密基地のようだった。


「この谷の底に、こんな素敵な場所があったなんて知らなかったわ」

「この谷には、他にも素敵な場所がたくさんあるよ。一面を桃色に染める花の絨毯や、白い花が空を覆い尽くすほど咲き乱れる樹木もあるよ。」

「とっても素敵ね!いつか見られるかしら」

「来年の春、きっと案内するよ」


バレリアンは、約束する。と微笑んだ。それが確証のない約束だと知っていて、ロベリアもまた微笑んだ。ここで、バレリアンと過ごしていくのも悪くはないと思っていた。どうせ、捨てられた身だから。

くるくると周りを回っていると、川へと続く階段が目の前に見えた。好奇心を抑えきれずに、バレリアンを振り返る。


「川を見に行ってもいい?」

「もちろん!・・・あ、いや・・・どうかな・・・」

「ん?どうしたの?今の時期は水が多いとか?」


川にはそれぞれ増水する時期というものがあるのだと、初めて父と魚取りをしに行った時に、教えて貰った。それは周期的であったり、天候に左右されたり様々だから、その時期は大人だけが行くのだと。

だが、バレリアンの表情は晴れない。別の理由があるようだ。


「どうしたの、バレリアン?」

「・・・ロベリア、よく聞いてほしい。」


いつも、やんわり笑顔のバレリアンが珍しく真剣な顔をするものだから思わず居住まいを正すと、とつとつとバレリアンは言葉を紡いだ。


「ロベリア、君はとても元気になった。

あのね、僕は君が愛おしい。だから君の願いはできる限り叶えてあげたいんだ。」

「う、うん・・」

「君はきっと、その階段を降りて川をのぞき込むんだ。その時、気づいてしまうと思う。

いや、本当はもっと早く気づいても、おかしくはなかったと思う。」


バレリアンの眉間にシワが寄っていく。

それがなんだか怖くて、胸の前で手を握りしめた。


「ロベリア、あとできちんと話をしよう。

きっと、降りて全てを知ってからの方がいい。」


バレリアンは、バツが悪そうに目を逸らした。

そんなことは今までに1度だってなかった。それに、私には彼の言っていることが上手くわからない。あまりにも抽象的すぎる。

けれども心のどこかで理解していた。この階段を降りて、私は川をのぞき込むのだ。そして、そこで今まで感じていた違和感に気がつくのだと。


「バレリアン」

「・・・ロベリア」


彼があまりにも苦しそうな顔をするから、私は彼の前へと歩いていき、その手を握った。

すると彼は、いまにも泣き出しそうな顔をして私を見下ろした。

だから、私は努めて明るい声と笑顔で言うのだ。


「一緒に行こう。」


頷くバレリアンの手を引いて、岩を切り崩した様な少し雑な階段を降りていく。もう視界の端には川が見えているが、あえて見えていないふりをして、正面や足元を見て一番下までゆっくりと降りていった。





最初に思ったことは、痩せたかな?という至って乙女的な事だった。

水面をのぞき込むと、緩やかな流れの澄んだ水は私自身を映したからだ。

そう、ここに映っているのが、私だ。



「バレリアン・・・私は何日眠っていたの?」

「落ちたあと、眠っていたのは3日ほどだよ。

君が1度目を覚ましたのがちょうど3日目の夜だった。」


バレリアンがいつもより少し低い声音で応える。

自分の心臓の音が、耳の奥でドクドクと響いてうるさい。


「バレリアン・・・あなたが私と過ごしたのは今日で何日目?」

「君が僕の上に落ちてきてから、今日で16日目だよ。」


自分の声が、身体が震えていることがわかった。

何故かはわからない、何故かはわからないが、ようやく理解した。

ここに来て初めて起き上がったあの日、動かせるかを確認した自分の腕がなんだか大きいように感じたわけが。自分の思考回路がなんだか理性的になった気がして、腑に落ちなかったわけが。


私はあの日、あの時、たしかに7才の誕生日を迎えた。

あの日は、村長さんのおうちで、鏡を見ながら身支度をしてもらった。だから、そんなはずはない。


けれど


水面に映る私は、どう見ても14、15才の少女だった。



あまりの事に、頭の中が真っ白だった。

なのに、どうでもいいことが頭の中で噛み合ってしまう。そう、全身が痛かった、あれは筋肉痛の様だった・・・成長痛だったのかな、とか。うまく立ち上がれなかったのは、身体が急に成長してバランス感覚がおかしくなってたのかな、とか。



「ねぇ、バレリアン・・・どうしよう、私どうなっちゃったの?」



振り返って、バレリアンに尋ねながら、どんな顔をすればいいのかを考えて、笑った。

きっと上手くは笑えていなかったと思う。



困った時に笑うことしかできない。

それはきっと、とても不幸なこと。

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