ロベリアの穏やかな日常 2
ある日のロベリアたち
それは、気づいた頃から周りの大人たちが囁いていた。
決められた年のこどもたち
私にはとっても仲の良い友達が4人いるの。
この村の村長の孫のミナは、しっかり者でお裁縫が大得意なのよ。でも、実は一番最初にイタズラを思い付くのも、木登りがいちばん上手なのもミナなの!
それから、お向かいのディルムはうるさくて、いつもからかってくる。けど、鬼ごっこやかけっこに魚取りはディルムがいなきゃつまんない!それに女だからって魚とりはダメとか言わないの!話のわかるやつよ
お父さんの妹のこども、つまり私のいとこのカルエは文字の読み書きがとっても上手!この間も村長さんに褒められてたの!
身体は強くなくてかけっこはできないけど、たくさんの木の実が落ちている場所を知っているのはカルエなの!
黒い髪の珍しい男の子、ミドリは行商人のおじさんのこども。
普段はおじさんとあちこち旅をして回ってるから、一緒に遊べるのは冬の間だけ。でも、ミドリは私たちの見たことのない景色や聞いたことのない物語を教えてくれるの!
でもね、大人たちが指をさして
決められた年の子って
ヒソヒソ話をするのは私だけ。
最初は、それが何かわからなかったの
だから、仲良しのミナとディルム、カルエ、ミドリに相談したの。
躊躇いがちに、教えてくれたのはミドリだった。
「あのね、ロベリア。
これは、旅先でこの村の辺りに伝わる風習...そう...伝説とかおとぎ話のようなものとして聞いただけなんだけどね。」
むかしむかし、この村の辺りは常に戦場だった。
誰かの血が濡らした地面が乾くよりも先に、他の誰かの血がまたその場所を濡らすような、そんな場所。
昔は、隣の国との間に小川が流れる小さな森があった。
その小川を境に、人々は争った。
森は身を隠せるし、小川は飲水にも身体を洗うのにも、死体を流すのにもちょうど良かった。
その小川には、今となっては古き竜が1頭だけれど、その時はまだ小さな水竜が住んでいた。
水竜は嘆いた。
小川が血で汚れることは、その身が汚れるのと同義だった。
小川に血を流していたのは、多くが東の国の兵士たちだった。
だから、竜は西の国の者達に夢で語りかけた。
初めにその声を聞いたのはまだ7才の少女だった。彼女は、その身に有り余る魔力を有していた。だからこそ、竜と夢で通じた。
「争いを止めたい」
と願った。
止まれば小川は汚れないと、水竜に話した。
そうして少女と水竜は戦った。
少女が蝕まれ、倒れるまで。
けれど、争いは終わらない。
水竜は、悲しかった。
共に戦った少女が蝕まれ、倒れてしまったことが。
水竜は動かなくなった彼女を抱えると大地を裂き、深く深くもぐった。
そうして出来た、深い谷と広大な森は東の国と西の国を分かち、長かった争いは終結した。
「これがね、この辺りに伝わる水竜と少女の七年戦争って物語なんだって」
ミナも、カルエも、いつもちゃかしてくるディルムでさえも押し黙って、口を開こうとはしなかった。
あんまりにも沈黙が痛くて、私は立ち上がった。
窓の外は、雪で覆われている。
空は藍色で、直にまっくらになるんだろう。
今日は5人で楽しくお泊まり会の予定だった。
「だから・・・」
ディルムが重い口を開ける
「だから、7年ごとの決められた年に・・・」
「竜の住まう谷へ・・・」
カルエが、ディルムが言葉にできなかったことを繋ぐ。ミナのパッチリとした瞳から涙がこぼれた。
「いけにえってやつでしょ?どうして、いまさら、そんなの・・・おとぎ話じゃないっ」
ミナが泣きじゃくるのを初めて見た気がする。そんなことを考えながら、ぼーっとみんなの顔を見つめていた。なんだか他人事みたい。
「大丈夫だよ!おじさんもおばさんも、ロベリアのことが大好きだからきっと何とかしてくれるよ!!」
ミドリだけが、目を見つめ返して淡い希望を抱かせてくれた。
「そ、そうだよね、それに・・・もしかしたら、フリだけかも知んないし!鬼ごっこみたいな!」
無理をして笑った。ちゃんと笑えてたのかな。それを覚えていないのは、たぶんこの後掛けられた言葉のせい・・・
「***************」
トントン、と肩を叩かれた衝撃で覚醒する。
どうやら、少しうとうとしていたみたい。バレリアンが心配そうに、眉根を寄せて顔を覗きこんできた。
「ロベリア、大丈夫かい?」
「えぇ、大丈夫よ」
湿度の高い空気が、寝汗と混じって、じっとりと身体にまとわりついた。