洞窟の中で
水分を多分に含んだ、ひんやりとした風が全身を包んだ。
なにかに似ていると思いながら見上げるが、思い出せない。そんな事よりも、洞窟の入口は滝の中にあったらしい。らしいと言うのは、その滝があまりに大きく、端が見えないため落ちてきているのが大量の水だということ以外、確認の仕様がないからだ。
「ロベリア、足元に気をつけて」
そういって差し出された手を握り返す。
足元は人が二人並んで歩けるくらいの幅がある。だがしかし、すぐ隣は流れ落ちる水の壁、足元は湿っていて滑りでもしたらきっと命はないのだろう。
考え事をしながら歩くのは危ない、と母に注意された事を思い出す。あの時は、明日は魚を取りに行くか、遊びに行くついでに森で木の実を取るか迷っていた。今考えると無邪気なものだ。
そうして、また違和感。この間からそうだ、ことある事に私は自分の何かに違和感を感じている。
それが何かはわからない。
「ロベリア、よく覚えておいて。
ここまでは一本道だけれど、この青い花を咲かせるツタのある壁まできたらこっちに行くんだよ。」
ぼーっと手をひかれるがままに歩いていたせいもあり、理解が遅れた。いや、意識がしっかりしていても、理解はできなかったと思う。バレリアンが指差したのは、分厚い水の壁だ。
困惑を隠さず尋ねる。
「バレリアン・・・それは道ではないわ。」
「ロベリア、君はとても面白いね。大丈夫、足元を見てご覧?少しだけれど道が続いているのが見えるだろう?」
続いてバレリアンが指差した足元の先を見る。するとたしかに、それまでは切り立った崖のように続いていた右端には、これまで歩いてきたのと同じ様な岩場の道が続いていることがわかる。
「ほんとだわ」
「ね!ここを通るんだ」
納得したと思ったらしく、そのまま滝に突っ込んでいこうとするバレリアンを慌てて制止した。
「ま、ちょ、待ってよ!いくら道があったって、こんな水に当たったら死んじゃうか、流されちゃうわ!!」
すると、振り返ったバレリアンはようやく合点がいったという顔であぁ!と言った。
「大丈夫だよ、ここは僕が避けるように指示してあるから。濡れもしないよ。大丈夫」
「何を言っているかわからないわ」
「んー・・・とりあえず試しに渡ってみよう?大丈夫、もし流されてもすぐ助けてあげるから」
意味がわからず焦るロベリアをよそに、バレリアンはいつもの柔らかい笑顔で彼女の手を引き、石ですら削り落とす大量の水の壁の中へと進んでいった。
「ちょ、やだやだやだ、いやーーーーっ!この馬鹿力ぁああっ!!!!」
その細い体のどこからそんな力が出るのか、決死の抵抗もむなしく滝の中へと引きずられてしまった。
「ね?大丈夫だったでしょう?」
腰の抜けたロベリアを、いつもの笑顔でバレリアンが覗き込む。いや、これは人をからかって楽しそうな時の笑顔だ。
この間初めて食べる果物の食べ方が分からず、そのままかぶりついたら皮があんまりにも酸っぱくて泣いてしまった時も、こんな顔をしていた。
「思い出した、バレリアンの手に似てるのよ」
「??なにが、僕の手に似ているの?」
「全身を包む、ここの空気。
ひんやりとしていて、まとわりつく感じ!!」
「・・・・・・わかった!脅かしたから意地悪を言おうとしたんだね!愛らしいねロベリア」
「うるさい!」
少し傷つけばいいと投げた言葉を、ものともしないどころか、愛らしいと言われてしまった。
(なんだか悔しい・・・)
悔しい。・・・悔しい?
そう、悔しいわ、バカにされるのは
・・・私が何もわからない子供だと思って、
簡単に殺そうとした。
悔しい。
選ばれたから仕方がない、
だなんて、
そんな簡単に諦められたことが
悔しくてたまらない・・・。
今もあの村で
のうのうと暮らしているのかと思うと・・・
くやしい・・・
「ロベリア」
突然かけられた声に、ハッと顔を上げる。ひどく喉が渇く、全身の血が熱い。いつの間にか太陽が照りつけていた。
「ロベリア、すごい汗だよ。今日はここまでにして戻ろうか?」
心配しているのだろう、いつもの笑顔はなく悲しそうにも見える顔をしている。バレリアンのひんやりとした手が頬を撫でる。
座り込んでた身体を、バレリアンがそっと引き起こす。それに合わせて立ち上がると、少しクラクラした。
「ううん、大丈夫。少し...喉が渇いただけよ。」
「そう?あぁ、じゃあこの氷をお食べ、すっきりするよ」
そういってバレリアンはどこから取り出したのか、いつぞやのように口に氷を含ませてくれた。
氷を口に含んで眠るのがマイブームです。