洞窟の中で
チチチと、小鳥のさえずる音が遠くで聞こえて、閉じていたまぶたをひらいた。目を開くことにすら感じていた億劫さは無くなっていて、身体の回復を感じる。蒼白い洞窟内部の天井が目に入り、私は再び目を閉じた。
まだここに居るということは、彼が世話をしてくれているのだろう。閉じたまぶたの裏に、水のような流れる青い髪が良く似合う彼の姿を浮かべて、迷惑をかけてしまったなと少しため息をついてしまう。
(お礼を言わなくちゃ・・)
前に目覚めた時は、まだ全身が痛くて起き上がれなかった。痛いのは嫌なので、ゆっくりと身体に力を入れていくことにする。すると、思っていたよりも痛みはしない。利き手である右手を持ち上げてみる。久しぶりに動かした自分の右腕はなんだか少し大きくなったようにも見える。
「あいたたた・・・」
筋肉痛のような痛みはするが、持ち上がった。試しに手のひらをグーパーグーパーと握ったり開いたりしてみるが、特に問題はない。左手でも試してみるが、やはり問題はなさそうだ。
なにより、声が出た事が喜ばしい。例え動けなくても声を発せれば彼にお礼を言い、事情を説明することが出来る。・・・説明して、どうするのだろう?厄介事に関わりたくない、と見捨てられるかもしれない。そうすれば、私は一人で生きていくことになる。それは...
ここまで考えてふと違和感を感じる。
例えば自分の思考に、だ。なんだか、ひどく冷静で落ち着いている。自分の事なのに、1人違和感を抱えて変な気分だ。
ザリっと光の入る方向から、足音が聞こえた。両腕を支えに使って上半身を起こすと、視界の先には野菜の沢山入った網籠を抱えた彼がいた。目が合うと彼は驚いたような顔をほころばせ、優しく声を掛けてくれた。
「おはよう。」
「・・・・・・おはよう、ござい・・・ます」
少しの沈黙のあとようやく、それだけ応える。彼はやはり嬉しそうに笑いながらこちらへ歩いてくる。腕に抱えた少し大きめの網籠には今取ってきたのだろう、まだ土の付いた人参やキュウリにトマト、ナスなどが入っていた。色鮮やかで大きく育ったそれは、畑の土が余程上等なのだろう。
「大丈夫?無理はしないでね。」
網籠を床に置くと、彼は自らの半身で私の身体を支えてくれた。この体勢には覚えがあった。あの時はそれどころではなかったから気にならなかったが、いまこの体勢は少し恥ずかしい気もする。
「あぁ、よかった。ちょうど僕の上に落ちてきてくれたからケガをさせずに済んだよ」
「あなたの上に・・・?」
自分でも、きょとんとしてしまったことがわかるくらいには意味がわからなくて困惑してしまった。そんな表情を察してか、こちらを覗き込んでいた彼は少し困ったように笑うと、また今度話すよ。と言った。
「さてと、無理のない範囲で今の身体に慣れるよう動いた方がいいと思うのだけれど、立てそうかな?」
少し考えて、足に力を入れてみる。とりあえず問題はなさそうなので、膝を曲げてみる。少し膝が痛いが立てないほどではないだろうと判断する。
「立てると思う」
彼は、柔らかく微笑むと私の身体を支えている腕に力を入れた。グイッと上半身が持ち上げられる。
「じゃあ、1度頑張ってみようか!大丈夫だよ、僕が支えているからね」
優しい声音が妙にしっくりきて、するりと耳の中へ入ってくる。この人はなんだか優しくて調子が狂ってしまう。
父や母、村の人たちが憎くて、自分の中で燻っている想いがあるにもかかわらず、暖かな愛を注いでくれた時を思い出してしまう。あの頃の優しさに似たものに助けられている状況に、言い表せない感情が込み上げる。
立ち上がる為に勢いよく吐いた息に、溜息が混ざっていたのは私しか知らない。
ロベリア、君はいつも可愛らしい。
ロベリア、小さくも誇らしげに咲くその可愛らしい花に祝福を。