洞窟の中で
どうして、助けてくれないの。
どうして、一緒に逃げようって言ってくれないの。
仕方ない。ってたまたま、運が悪かったんだよって
思っているのは
お父さんとお母さんだよね。
この村の恩恵を受けて生きてきたから、もうここを出て生きていくことは考えられないんだよね。
村のみんなも
竜も
お父さんもお母さんも
みんな、みんな
「大っきらい」
これが夢だとわかっているのに、それでも私は泣きじゃくるその子に掛ける言葉を持ってはいない。
ただ、いつもの場所から静かにその子の嘆きを聞いているのだ。
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最初に目を覚ました時に思ったのは、なんで死んでないのって事だった。
目の前にはおっきい石。天井が石で出来ているなんて、不思議なこともあるものなんだなぁ、なんて思いながらぼんやりと見つめる。
自分が横になっていることは分かるんだけど、全身が痛くて起き上がれず、無理のない範囲で周りを確認した。
まとわりつく様な湿気と、岩のお部屋、遠くに聞こえる水の音。洞窟のようだった。
体の下にはやわらかい藁が敷き詰められていて、体の上には大きい布が掛けられていた。
明らかに、誰かが意図して横にしてくれている。
状況がよく分からなくて、記憶を辿る。
そう、たしかあの意味のわからない竜の儀式で谷底へ飛び降りた。
身体を駆け巡る血が熱くて、
浮遊感が気持ち悪くて意識を手放しそうになって・・・声を聞いた。
水が流れるように静かな声、なんて言ってたんだろう。
あの声は・・・誰のだったんだろう?それに・・・
あぁ、だめだ・・・眠たくて
集中出来なくなってきた・・・
どうでもいいや・・・
半ば気絶するようにふたたび眠りについた少女の元へ、ひとつの影が近づく。
影は少女の顔を覗き込むと、少し顔色が戻ってきていることに安堵し隣に座り込んだ。
パチパチパチと、聞き覚えのある音が遠くで聞こえる。
薪の燃える音だ。
冬になると村では、暖炉の火で厳しい季節を越す。そうして、冬の間に針仕事や次の年の薪を作り、多くの動物たちがそうするようにじっと春の訪れを待つ。あたたかい水袋を外套の下に抱えて、冬にしか取れない薬草を摘んだり、罠にかかった魚なんかを見に行くのは私の仕事だった。
冬は寒くて、あまり外に出れないけれど、家の中が暖かくて自然と家族や友達が集まるから、嫌いではない季節だった。
でも、今はまだ夏のはず...そう思い
ゆっくりと目を開けると、薄暗い洞窟内を見慣れた暖かい光がゆらゆらと照らしている。
「・・・ぁ・・・」
声を出そうとしたが、全身の痛みで上手く出せない。
しかし、そこにいた者はその僅かな声に気づいたらしく、立ち上がり少女の傍へと座った。
「目が覚めたんだね、よかった」
美しい人だった。私より長い髪がよく似合う、目元の涼しい男の人だった。
そっと伸ばされた手が頬に触れる。ひんやりとしていてとても気持ちがいい。
「熱そうだね、後で氷を持ってきてあげよう。
その前にスープを飲もう。はやく良くなるよ。」
そう言って、彼は私の頬に触れていた手を名残惜しそうに戻すと焚き火に寄っていきスープを持ってきた。
木の器にたくさんの野菜を煮込んだスープが入っている。
ぐぅうううーー
どうやら、かなりお腹がすいていたようで思わず赤面してしまう。
彼はクスクスと笑いながら、スープの入った器を床に置くと、まだ痛みで力の入らない私の体をゆっくりと起こして、間に体を滑り込ませると倒れないように私の体を支えてくれた。
そうして、私の様子をみて野菜を細かく砕きながら、少しずつスープを飲ませてくれた。
塩と野菜の甘みがぎゅっと詰まったスープは、私の口の渇きを癒しながら身体の中を暖かくしてくれた。
「うん、たくさん飲めたね。」
彼は柔らかく笑うと、少しだけ私の体を持ち上げたあと、自分の体をするりとずらして、私をゆっくりと寝かせた。
そして、どこから持ってきたのか氷を私の口に含ませて、スッキリするでしょと笑った。
スープの熱で温まった口内で、じわりと溶ける氷の冷たさが心地よくて私はそっと目を閉じる。たしかに、スッキリする。
そうしてお腹がいっぱいになったからか、私は再び眠りに落ちた。
暗くなる意識の中、彼のひんやりとした手のひらが私の頬を撫でている感触だけがいつまでもあった。
たっぷり野菜のスープはいつの時代も美味しいはず。。。