その時
その日は、すごく蒸し暑い日だった。
お家の中なのに、立っているだけで汗が吹きでて、じっとりと服が身体にまとわりつく。
私が覚えているのは、断片的な、悪夢。
「あなたは竜の住まう谷へ行くのよ。」
私は笑った。
「お母さん、泣かないで」
「許してくれ、ロベリア」
私は手を握りながら言った。
「仕方ないよ、私の運が悪かったんだもん」
きっと、色々な事を話してくれたのだと思う。たくさん泣いてくれていた。けれど、具体的な解決案がある訳ではなくて、ただひたすらに嘆く両親の顔を私は、もう覚えていない。
7才のロベリアは、きっともう、思い出したくないのだろう。
致し方ないと思う。だから、私はため息をついて、夢から目覚めることを選択するのだった。
7才になる誕生日の日に、ロベリアは日が昇る前に水を浴びて体を清めると、白と赤の美しい晴れ着を着る。そうして、1度も化粧をしたことの無いその唇に、初めての赤い紅を指して美しさを際立たせる。
村の若い衆に連れられて森へと入る。普段はけっして入ることを許されない、竜の住まう谷のある広大な森。見たことの無い鳥や小動物たちを眺めているうちに、移動は終わってしまった。
森の中を谷が縦断するそのすぐ側に、石造りの祭壇があり儀式はそこで行われるようだった。
鳥籠のような曲線を描くアーチ状の祭壇には、ロベリアだけが上げられた。
神酒を口に含み、祝福の言葉を掛けられる。初めて口にしたお酒は、鼻につく匂いとピリピリと舌先を刺激してきてあまり好きになれそうにないなと思った。
最後にお父さんとお母さんが私に短剣を差し出す。きちんと鞘に収まっている短剣と、遥か下を流れる水の音に
もし、生き延びてしまった時のために授けるのだと理解した。
そうしてロベリアはたくさんの大人たちに見張られながら
谷底へと身を落とす。
「*****」
最後の言葉は、思い出さない。
私が吐いたのは、きっと呪いの言葉だから。
最期の時、少女はどんな表情をしていたのか・・・