それは誰が為の
視界に初めて見る、紅い竜が現れた時点である程度の覚悟はしていたと言いながらも、彼女は事の顛末を聞いて、なんとも言えない顔になった。
「・・・長くを生きる分、狂うのはさぞしんどかったじゃろうなぁ。」
「あれはの、妾の妹の子での。最期を、伝えてくれたことに礼を言うぞ。」
アレクトラは、かつて彼と彼の愛したロベリアだったものが死した場所をそっと撫でた。
そうして、気が済んだのか立ち上がるとこちらを見上げ、ふんっと鼻で笑った。
すいーっと、ごくごく自然に宙へ浮くと、私の顔の前で止まり腕組をする。
「まあ、もう少しすれば人の姿にも化けられるようになるじゃろう。
ついでじゃ、ここで竜のあれこれについて少し教えておこうかの。」
アレクトラは、短いため息のあとそう言った。
そうして、私は2人の会話のよく分からなかった部分について少しずつ理解をしながら、この身体に慣れていく努力をした。
「竜の繭は、本来そういうものなのじゃ。
竜の加護とはの、それが人に向いた時、放っておけば3年ほどで見た目が竜に近づく。あれは1種の呪いじゃ。」
「まあ、そうして中身がそれに追いついた時、加護を与えた竜はその加護で繭を作り、その者を竜へと変える。
あれは、我らが同族を増やす為に使うものだ。
本来ならば、期間は一週間ほど・・・それをあやつ200年は下らん年月維持したのか・・・」
アレクトラは、冬の間に私に、竜の世界での掟や、力の使い方、人へのなり方などを教えてくれた。
「依り代の穢れは、我ら自身の穢れに繋がる。
我らは依り代を通して魔力を循環させ、その地と繋がってゆく。
なにより、アレは戦場に長居しすぎた。ましてや、依り代の人間に血を浴びせるなど狂うて当然じゃ。
人間は穢れやすく、狂いやすい。循環させながら、アレは必死で依り代から穢れを自身に移していたようだしの。」
「竜の死した肉体は本来ならば、その属性にあったものに還元される。
大地の竜ならば、そこは美しい木々の育つよく肥えた土地になる
妾であれば、風となり慈しみを運び、その年は種を問わず子がよく育つじゃろう。
あれは、穢れを抱えすぎたのだな・・・本来ならば大きな川か湖になっただろうにの。」
1度は高く積もった雪が、溶け始め、再び地表が見えそうになる頃、私は言葉を取り戻し、人間の姿を手に入れた。
「あぁ、もう問題はなさそうじゃの。」
「うん、ありがとうアレクトラ。
眼の色だけが、心残りなんだけど・・・」
バレリアンによく似た色をしていた瞳は、竜の繭に包まれたものの証である金色のままだった。
「それはどうしようもないの。祖の決めた、この魔法そのものの特性じゃ。」
「うん・・・」
「さて、そろそろ春が降り立つ。
紅き繭の竜よ、お主はその体躯の表す通り火と共に生きることになる。
火は最も人と近い。わざわざ使うのは人くらいのものじゃ。」
「アレクトラ・・・」
「その様に不安な顔をするでない、親しき友よ。
お主の危機にはいつでも力を貸そう。身を寄せる場所がなくば、妾と共に来るが良い。
けれども、先ずは王都を目指すことじゃの。王都を守護する古き火竜ならば、お主の道に光を示してくれるやも知れぬからの。」
そう言うと、アレクトラは竜へと変わる。
私は、思わず彼らの墓を見やる。それを見て、アレクトラは溜息を零すが、見捨てず私を促す。
「王都へゆき、古き火竜と話をしてくるのじゃ。
それでも、ここで墓守をしたいと言うならばそれもまた良かろう。穢れが消えれば、また輪廻の輪に帰るじゃろうし、妾たちならば、それを見ることができる。」
アレクトラは、その大きな頭で後ろから私を小突く。
私は、彼女の優しさに感謝し、その身を竜へと変える。初めは、気持ち悪かった自分の体が組み変わるその感覚も、慣れてしまえばどうってことは無い。髪型を変えるくらいのものだ。
そうして、若き火竜は、若葉色の竜と共にその地を飛び立つ。
これから、火竜は様々な者達と出会い、物語を紡いでいくのだろう。
けれども、それはまた
別のお話。
Fin




