洞窟の外で
状況がうまく理解できなくて、頭の中が真っ白になる。
私はただ、これから起こるであろう何かを見届けることしか出来ない。
「さあ、ロベリア。」
彼の声に紐解かれるようにスルスルとその繭は水へと戻っていく。
そうして中に入っていた、それをそのままスライムのような水が受け止める。
「うっ・・・」
豊かなプラチナブロンドの髪には見覚えがあった。ちょうど年の頃も私と同じ14歳くらいに見える。彼女は、寝起きに朝日を浴びた時のようなしかめっ面で、ゆっくりと目を開けた。金色の瞳は、この世のものでないように思えた。
「さあ、ロベリア。はやいとこ、魂を取り出さないとね。」
そう言うと、彼はようよう上半身を起こした彼女の顔を無理やり上に向けると、口を開かせてその中へ魔力の水を滑り込ませる。
「ぐっ、うっ・・・がっあ!!!」
明らかに苦しそうな彼女の声に、はっと我に返り2人に駆け寄る。バレリアンを全力で突き飛ばすと、存外彼の体は簡単に後ろへと倒れた。尻もちをついた彼を確かめて、自分によく似た金色の瞳をした彼女を支える。
「大丈夫?立てる??」
「バカっ・・・にげなさっ!あ、ああああああっ!!!!」
突然叫び出した彼女の背中から見覚えのあるものが顔を出す。彼女の背中、肩甲骨のあたりから皮膚を食い破り無理矢理現れたそれは、竜の翼だった。
「はぁっ・・・はぁっ・・・いや、いやだっ・・・」
荒い息の中、彼女はその現象を拒否する。けれど私からは良く見えた。彼女の身体はもう、そのあちらこちらが鱗に覆われ始めていた。足が変形していくのが、痛いようで彼女は声にならない叫びをあげる。
少しずつ、大きくなりながら彼女の身体は変形していく。
「あーあ、それは痛いだろうから、先に魂を出そうと思ったのに・・・」
妙に間の抜けたその声が、頭上で聞こえた。竜とも人間とも言えない姿に成り果てている彼女の顔の前で、バレリアンは彼女のおおきくなった口の中へ腕を突っ込む。
「さぁ、おいで。」
彼女が痛みのあまり、腕を噛んでも彼は顔色ひとつ変えなかった。そうして、彼女の叫び声が止まった。
バレリアンの手には、紅く輝く球が浮かんでいる。
彼はそのまま、私の前に降り立つといつもの笑顔で言うのだ。
「危ないよ。もう少し下がってね。」
彼の言葉に、私の身体は半ば後ずさるように後ろへと数歩下がる。そんな私の目の前で、彼女だったそれはこれまでとは比にならないスピードでその身体を竜へと組み替えていく。
そうして、その現象が終わったのか目の前には紅い体躯に、金色の瞳の竜が現れる。
けれど、その身体は突然、力を失ったかのように地に伏し、瞳も力なく閉じられる。
「終わったみたいだね。」
トンっと背中を押された。私はその勢いのまま2歩3歩と前に進み。その分近くなった紅い竜から目を逸らすように、後ろを振り返って驚く。けれど、声は出ない。
そこには、バレリアンの水に支えられて力なく項垂れる私がいた。
バレリアンは私の方を見ることなく、その手に大事そうに抱えていた小さな球を私の口へと押し込む。それがどういうことかに気づいて慌てて駆け寄るが、もう遅い。
私の身体だったそれは、じたばたとしばらくもがいたあと、確かな意思をもって手を付き、彼の手を引っペがして立ち上がった。
「なんてことしてんのよ!このアホ竜!!」
彼女の第一声目は、罵声だった。彼女はバレリアンをひとしきり睨んだあと、私を見つけると駆け寄り声を掛けてくれた。
「逃げてって言ったのに・・・」
(面目ない・・・)
彼女に伝わるはずもない。私は今きっと、先程の彼女と同じよう球がになっているのだろう。魂とか、心とかそういうものだけになってしまったのだろう。
「ロベリア、おかえり。ずっと、ずっと君を待っていた。」
バレリアンは、とても嬉しそうに笑った。そして、私の背筋を冷たいものが走り抜ける。ロベリア?
繭の中で眠っていたあの少女のことを、ロベリアと呼んだのだ。
「あんた、どうやって・・・竜の繭は穢れのないもの以外は孵化させないんじゃ・・・」
「君の血族の娘たちに、200年以上の時をかけて、少しずつ君の穢れを背負って貰ったんだよ!
僕ら古き竜は、依り代だけでなく周りからも循環させるからね!少しずつ穢れた魔力を混ぜるくらいは大した事じゃなかったよ!」
明らかに怒っている彼女に対して、彼はそんな事は些細なことだと言うかのように笑顔で答える。そうして、少しずつ彼女との距離を縮めていく。
「じゃあ、この身体はなに?!
こんな私とそっくりの・・・」
「あぁ、それは・・・移し身の中身が、大人になりたがっていたから、ちょうどいいかと思って君の姿を写したんだよ。
気に入ってくれた?」
言葉に出来ない。と言ったていで彼女は頭を抱える。
バレリアンは、そうして彼女の前までゆっくりと近づくと、彼女を抱きしめた。
「すべて、この日のために。
僕と一緒に生きてくれるよね、ロベリア。」
何度も見た、彼の優しい笑顔が今はとても不快なものに思えて、私は思わず目を逸らした。存外、彼の言葉にショックを受けていないのは、どこかでそんな気がしていたからだと思う。
そもそもが、私はいつかの少女の身代わりだと思っていた。大して差はない。
それでも、やはり彼もなのかと悲しくてたまらなかった。
「バレリアン、それは出来ない。
私をあの竜になった身体へ戻して。」
私がグルグルと思考に飲まれている間に、彼女は毅然とした態度でもって、バレリアンの言葉を払い除ける。自分を抱きしめる、手を解き、後ろへ下がって距離をとると彼女は、彼の顔を見上げて言った。
「あなたとは生きられない。」
きっと、彼女は長い眠りの中で心に決めていたのだ。
その瞳は揺るがない。
「どうして、そ、そんなこ、とを言、うの?」
「・・・・・・私はそもそも、あなたのことを戦争の道具としてしか見ていなかったのよ。」
嘘だ。と思った。
彼女の握った拳は、小さく震えていたから。
そうして、彼の変化が少しずつ目に見えてくる。
「それで、も、僕は、君
が好きなんだ。
君と一緒に・・・へ、平穏な日々を、いき、生きていきたい、んだよ。」
「・・・無理よ。」
「どうして、どうし、てなんだ・・・僕は・・・こんなに、こんなにも・・・」
「長い時間、理に逆らい続けて・・・あなたももう限界なのね。」
彼女は、彼の頬へと手を伸ばした。自分の手が汚れることなど構わないとでも言うかのように。
バレリアンから血が滴る。目や耳、口、鼻。ここからでも、彼の右手が歪み出したのが見て取れる。
彼女の体から、彼の加護の水が零れ落ちる。
「私の魂を抜きとったりするからよ・・・。
そうして、そのまま狂ってしまうくらいなら、いっそ。」
「どうして、どう・・・して?ドうシ、テ?」
もうバレリアンだったものは、言葉すら成立させることができない。壊れたかのように、どうして、どうしてと、彼女に尋ね続けている。
彼女は、泣いていた。
「私が、あの戦争が、あなたを狂わせた。だから、私が責任をもってあなたを殺してあげる。」
彼女は自分が血塗れになることも厭わず、バレリアンにそっと口付けた。
彼は端から溶けて、水になっていく。心なしか、バレリアンのその表情は穏やかないつもの笑顔のように見えた。
いつかのロベリアは、崩れゆく自分の竜を抱きしめた。
「バレリアン、もし生まれ変わったら、また私を見つけ・・・っぁ・・・」
彼女の言葉を最後まで聞くことは叶わなかった。濁った水の色をしたバレリアンだったそれが、彼女の身体を突き破り、そうして崩れ落ちた彼女の身体を取り込むようにして、やがて、ただの水になった。




