洞窟の外で
若葉色の竜との繋がり。
冬の訪れ。
降り積もる雪の下に何があっても
それは春が来るまでわかりはしない。
アレクトラを見送ったあと、しばらく席を外すと言ってどこかへ行ったバレリアンを探すべく、ロベリアは一旦洞窟へと戻ることにした。
その道すがら、ロベリアはアレクトラから渡された若葉色の美しい鱗をどうするか考えていた。何故かはわからないが、その鱗には小さな穴が空いていたので、あまり考えずに紐を通して首から下げる事にした。
ロベリアは歩くスピードはそのままに、髪の毛を後ろで結わえていた紐を解くと、スルスルとその穴に通して、首から下げた。
キラリと光るその鱗は、胸元でかなり目立つ。少し迷ったあとに、そっと服の中へしまい込んだ。
(親しき隣人、か)
苦手だと思っていた彼女と、距離が縮まったことが素直に嬉しかった。それに、彼女にはとても感謝している。長く離れてしまっていた、私自身と引き合わせてくれた。
悲しい過去を思い出して、胸が痛むことは増えたけれど、同じくらい楽しかった日々も思い出せるようになった。
けっして、ここまで悲しい事だけの日々ではなかった。傷ついた心はこれから、ゆっくり時間をかけて労わる事にしたのだ。
というのも、特に聞かなかったけれど、竜の加護のせいなのかはたまた、竜の近くにいるせいなのか、私自身の魔力がとても高まっている。
寿命と魔力は比例する。というよりは、老いと比例する。
魔力が多く、強いほど、身体の中を流れる時は緩やかになる。
他の人より少しだけ、長い時間を生きることになりそうなのもあり、私の中には少し余裕が出来ていた。
軽い足取りで、いつもの洞窟へと辿り着く。
そのまま出てきてしまったので、外套を取りに戻ったのだ。竜の加護は相変わらず私を外気から護ってはくれるけれど、さすがに吸い込む空気の冷たさまでは変わらない。防寒はしていくに限る。
マキナとアルテの選んでくれた服に、やはり2人の選んでくれた外套を羽織る。足元も雪山でも大丈夫なブーツで固めてある。
マキナとアルテとはあまり多くを話はしなかったけれど、心配事の減った今ならもう少し仲良くなれる気がする。
次、商隊が通るのは冬が明けてからで、まだ冬は始まってばかりだと言うのに、私は今から楽しみで、大事なことを忘れていた。
けれど、その事には気づかないまま、洞窟の外へと足を進める。外は流れる水の音以外の音が聞こえない。足元に僅かに積もった雪が音を吸収していくのだ。
畑にいなければ、私が探しに行ける場所は、あと一つしかない。
ここの真上にある、湖だ。少し距離はあるけれど、大丈夫。まだ陽は傾き始めた頃で、上に行って戻ってくるには充分時間がある。念の為、ランタンは持ってきている。
長い階段を上り切り、円形の広間にでる。今考えると、彼はここで眠っていたのかもしれないな、などと考え事をしながら壁に沿って頂上を目指す。
ぽっかりと空いた穴から雪が舞い始める。通りで寒いはずだ、と小さくため息をこぼす。
視界が開ける。あいにくの空模様だけれど、そこから見える森は綺麗な白に染っていて、これはこれでなかなかに私の心を刺激する。
ひとしきり見つめたあとに、周囲を振り返るが、彼の姿はない。
湖の水は凍っていたりするのか、と何気なく湖へ近づくと表面は凍っていた。水の湧き出ている下の方は凍っていないけれど、そこそこの厚さの氷ができていた。ふと、以前彼が座り込んでいた辺りを見やると、湖の中で何かが光ったように見えた。
やめておいた方がいいのに、私は氷が割れないかを少ししつこいくらい確認したあと、滑らないよう気をつけながら、そこを目指した。
そこは、湖のちょうど真ん中で、凍った水の下に白い円形の何かがあった。ちょうど、最近これに似たものを見たばかりで、私は不用意に答えに行き着いてしまう。
「竜の・・・繭?」
「そうだよ」
バッと振り返ると、そこにはバレリアンが立っていた。ビックリした。物音は何もしなかったのに、いつの間に・・・。心臓が聞いたことのない速さで脈を打っているのがわかる。なんだろうこの空間は、異様だ。
なにより、彼の雰囲気がおかしい。いつもの笑顔なのに、目が笑っていない。あまりに怖くて、私は思い当たることを謝る。
「あ、あの、ごめんなさい。見当たらなかったから・・・ここかと思って・・・
そしたら、何かあるなって・・・あんまり深く考えずに・・・何か、大切なものだった?」
しどろもどろになりながら、なんとか最後まで言葉を発すると、バレリアンはすぅっと視線を動かして、氷の中の繭を見つめる。
「うん、とっても大切なものだよ。」
「そ、そっか・・・勝手に近づいてごめんなさい」
「アレクトラとの話は終わったの?」
「え?あ、あ・・・うん!
そ、そうだ!バレリアンもありがとうね。無事に・・・」
「そうか、なら、もう待たなくていいのか」
「え、なに?」
会話が成立しない。それがこんなに怖いことだと思わなかった。心の中で、叫んでいる。「逃げろ!」と、でもどこに、どうやって逃げればいいのだろう。
ここから逃げる術を私は持っていない。
「バレリアン、なにか・・・怒っているの?」
「怒る?僕はいまとっても、うれしいんだよ。
負の感情は、ロベリアには相応しくないからね。」
「バレリアン・・・?」
「さあ、移し身の準備も整った様だ」
彼が繭の上の氷に手を付くと、氷は溶けだし水へと変わる。
その溶けだした水がそのまま、竜の繭を上へと押し上げる。水中では分からなかったが、その繭は澄んだ水の色をしていた。
彼は、その繭を愛おしそうに撫でると、どこか遠くを眺めながら呟いた。
「さあ、はじめよう。ロベリア。」




