湖の中で
(もう、いやだ。)
最期の時に思い出したのは、平穏で退屈だった大切な日々。
私の身体は穢れている。
私が振り下ろした剣で、幾人が地に伏し、私を呪ったのだろうか。
私が出した合図で、いくつの命が押し流され、天へと還ったのだろうか。
私はただ、父や兄が戦争に行くのが嫌だった。
周りの友人達が、人を殺す為の練習をするのが嫌だった。
だから、せめて戦争を止めるための力が欲しかった。
そうして、私の元へ奇跡は降り立った。
濁った水の色をした奇跡と私は、互いの利害の一致だけで手を結び、戦場を駆けた。
肉を切り裂き、血を浴びて、剣に引っかかる内蔵を振り切る。
喉の奥が常に乾いて仕方がなかった。
まだ幼かったその奇跡は、依り代の穢れを一心に受けてしまい濁った水の色をしていた。
力の代償は、穢れなき無垢な魔力。
多くを語らないその奇跡は言わなかったが、私はわかっていた。
きっと、足りない。と
私の一族はたしかに魔力が強い。この月明かりのような髪の色は魔力の多い証だ。とくに父も母も私は素晴らしいと褒めてくれたけれど、たかだか私一人の魔力で竜の魔力を賄えるはずがない。
近い将来、奪われるのは魔力だけではなく生命そのものになると分かっていて、翼の生えた奇跡と契約を交わした。
(うるさい。)
耳の奥にこびりついて消えない、叫び声。
そして誰かが私を呪う声。
父と母、兄までもが
私を恐れひれ伏す姿を思い出して
たまらなくまぶたを開ける。
薄い光と、私を包むそれ。
コポポっと、水の中で空気の踊る音がする。
(そう、あの醜い奇跡はまだ私を・・・。)
幼さ故か、それとも魔力を混ぜあったせいか、ひどく興奮した状態のまま長く共に戦場を駆けたせいか
あの水竜は私を愛した。
いや、あれは穢れた憎いものに囲まれた時間が長かったせいで倒錯的に私を愛しているような気がしているだけだ。
あの水竜は狂っているのだ。
バレリアン、その花の意味は
(善良)
思わず笑ってしまう。アレは善良なのではない、ただ呆れるほど執着心が強いだけだ。
だから、死した私の身体を朽ちないように、魔力の湖に沈めて、竜の加護で魂を縛りつけて、時が巡るのを待っているのだ。
さあ、眠ろう。
起こされる日など来ないことを願って・・・。




