繭の中で
バレリアンの提案に乗る形で覚悟を決めたとはいえ、私は少し目の前の人物が苦手だ。
「なんじゃ、その顔は。お主から依頼されてわざわざ、我が愛しの一族の元を離れ一時的にこのジメジメとした洞窟まで来てやったというのに。」
「あ、ありがとうございます・・・」
絞り出すようにお礼を言うが、ふんっと鼻で笑われてしまう。
アレクトラは宙に浮いたままで、話を続ける。
「それでじゃ、まあ大まかには聞いておるが・・・。
こういう事はの、お主が言葉にすることに意味があるのでな、何があったのか、ゆっくりで良い、話してみよ。」
彼女の言葉が終わらないうちに、私の身体は足元から現れた若葉の色をした風に包まれた。子を守る繭のような、それはほのかに暖かく居心地が良かった。
「さて、視覚は必要ない。目を閉じるとよい。妾もそこへ行こう。
なぁに、対価はあの、色ボケ水竜から貰っておる。」
彼女の吐く言葉は意外にも優しく、従って瞼を閉じるとそこには彼女がいつものように浮いていた。
まだ少し緊張をしていたが、彼女の視線に促されるように口を開く。一度言葉にすると存外するすると心のうち溜まっていた澱みは外へと溢れた。
「夢を、見たんです。」
彼女は、そっと相槌を打つ。何も言わなかったが、よく耳を傾けてくれているのを感じたのでそのまま続けた。
「黒くてドロドロとした何かに追われて、怖くて、逃げるけど
逃げた先にいた彼にも見捨てられて、何度もあの日を繰り返すんです。」
「ふむ・・・お主の中には、2つの球がある。
それは本来1つしかないはずのものなのじゃが、はて・・・お主どこでそんな呪いを受けた?」
「呪い・・・?」
「それは、人の言葉で言うならば心と呼ばれるものよ。
そうそう簡単に分かたれるものでもないし、そもそも今のお主とあまりに性質が変わっておる。」
「ごめんなさい・・・よく、意味がわからなくて・・・」
アレクトラの瞳が、私を見つめている。その瞳はあまりにも真っ直ぐで、逸らしたくなるのを必死に堪えると、やがて彼女は瞳をとじ、先を促す。
「まあよい、続けてゆけば自ずと答えは芽吹くであろう。
・・・あの日というのは、お主にとってどんな日なのじゃ?」
「あの日・・・は・・・
私が生まれ育った村に、親に裏切られた日・・・で、私が生贄として、この川の上から落ちることを迫られた日です。」
口にしながら、なんとも言えない違和感が喉奥に残る。なんだろう、何がこんなに引っ掛かっているんだろう。
押し黙る私を見て、アレクトラは静かに言葉を紡ぐ。
「妾から見るに、その感情は
その裏切りの日に突然降って湧いたものではないようじゃが?」
あの日に突然、この感情が・・・?そう、たしかに違う・・・始まりはもっと前だ。
「仲のいい友達と・・・お泊まり会をしてた時に・・・
決められた年の子供の話を、いつかの7年戦争の話を聞いて・・・」
あぁ、そうだ。なぜ、忘れていたのだろうか。
あの日ハッキリと言われたんじゃない。
きっと、父と母が何とかしてくれると頑張ってミドリが私を励ましてくれた、その時に。
私に、ミナとカルエは
『それじゃあ、誰が死ぬの?』
そう言って、侮蔑の表情で私を見つめたのだ。
言おうとしたことは十分に伝わった。生贄は風習で、私が選ばれただけなら、私が居なくなれば次はミナかカルエか・・・。
「なるほどな、お主の中の悲しみはそこから始まったんじゃの。」
「・・・わかるの?わたし、いま言葉にしてた?」
「この繭の中では、妾とお主の魔力が混ざり合う。
想いを覗くことは容易い。
案ずるな、続けるが良い。」
なんだか、言われていることはよく分からなかったけれど、そのまま続けた。
「わたしが悲しかったのは、色んなこと。
お母さんがいつかの約束をするのも悲しかったし、お父さんもなんとも言えない顔で私を見るの。」
「ミナもカルエも、少しずつ遊んでくれなくなって・・・。
それが、わたしたちが生まれたのが決められた年だからって、ただそれだけなのがすごく悔しかったの。」
涙がこぼれないように、唇を強くかむけど、鉄の味が口の中に広がった途端に、泣いてしまった。
「どうして、わたしなの?
どうして、みんな・・・そんな、当たり前かのように、わたしを殺すの?
いやだよ、わたしいい子にするから!たくさんお手伝いするから!!」
もう、止められなくて、1度溢れた思いはもう見ないふりは出来なかった。先に泣き崩れたのは、私の方だった。
アレクトラがそっと、抱きしめて頭を撫でてくれた。その手があまりにも優しくて、本当はずっとそんな優しい手が欲しかった事に気づいて、涙が止まらなかった。
アレクトラの抱きしめている、もう1人を見る。
そこに居たのは、たしかに私だった。
7才のロベリアは、肩を震わせながら嗚咽を必死に我慢していた。
思わず、後ろからロベリアを抱きしめる。
すると、少女は驚いたように振り返り、泣き崩れ座り込んだままの私を見下ろす。そして、その小さな手で私の頭を撫でるのだ。
「っっっ・・・!!!」
声にならない叫びが、喉の奥につっかえていたなにかを押し出して、私は少女を抱き寄せる。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい、ごめんなさいっ!!」
どんなに謝っても謝りきれない。ひたすら孤独だった少女は、それでも最期のその瞬間まで信じていたのに、こんなに幼い少女がそれでも守ろうとしたのに。
私はそれを、竜の加護で都合よく遠くへ蓋をして捨てたのだ。
「ごめんなさい、私が、私自身が、最後にあなたを捨ててしまったっ」
どんなに悔やんでも悔やみ切れないその思いは、声にならずにひたすら涙と嗚咽に変わっていく。
ずっと感じていた、憎悪や悔しいという感情。
それが、溢れそうになったのは、私が心だけ置き去りにしてしまったせいだ。7才の頃のロベリアのものだと、見て見ぬふりをしてきたけれど、それはたしかに自分のものだった感情であり、自分が最後にあの人たちと同じように捨て去ろうとしたモノだった。
どれだけの時間そうしていたのか、腕の中の温もりがモゾモゾと動くのに気づいて、力を緩めるとハアッと大きく息をして、私を突き飛ばさんばかりの勢いで腕から離れていった。
少女は、私を見据えて言った。
「わたしは、悲しかった。ずっと、苦しかった。
でも、続く未来で、せめてわたしはわたしを好きでいなくちゃって」
「お母さんがいつも寝る時にいってた。
何があっても愛してるって、ごめんなさいって」
「どうして、嬉しかったことも、優しかったことも
全部なかったことにしちゃうの?!
弱虫!!それじゃ、悲しいまんまだよっ」
少女は、怒っているのだ。
彼らに向けられているのだと思っていた怒りは、私に向けられたものだったのだ。
「あなたは・・・許せるの?」
「ゆるすとか、ゆるさないとかじゃないよ。
わたしは、いやな気持ちのまま生きていきたくない。」
「私を、許してくれる?」
「だから、ゆるすとかゆるさないとかじゃなくて
どうしたいの?
しゃっきりしてよね、わたしらしくない!」
思わず笑ってしまった。
目を開けると、そこは優しい繭の中だった。
「もうええのかえ?」
「うん、後は私がゆっくり、ロベリアと話をするだけ・・・。
もう大丈夫。」
顔は見えなかったが、アレクトラが笑った気がした。
あの頃の私の気持ちを、きちんと思い出すことが出来た。私は、なんだかようやくロベリアになれた気がして、身体が軽く感じた。
ゆっくりと繭を形作っていた魔力がとけて、アレクトラの元へと戻ってゆく。
「あぁ、お主、そんな顔をしておったのじゃな。」
アレクトラは、私の顔を見て満足そうな顔をすると、方向を変えてふわふわと宙を漂ったまま、洞窟の外へと向かい出す。
そのまま出て行かないということは、着いて来いということだろう。
私は軽い足取りでアレクトラの後に続く。
やがて、視界が開け、見慣れた畑が見える。
もう僅かな種類の根菜と果物を取りに来るだけで、最近は毎日来ることはなくなっていた。
辺りは1面紅葉で、近くに見える山のてっぺんは少し白んでいる。
この辺りの冬は、早い。
そろそろ雪がチラついてもおかしくはなくなる。
アレクトラがクルリとこちらに向き直ると、ちょいちょいと手を動かし、もっと離れるよう合図をする。その意味を察し、少し距離をとる。
途端、風が吹き荒れる。彼女の周りを覆うように風の渦が出来上がり大きく膨らみ、ある一定のところで止まる。グルグルと回りながら、やがて空へと上りすっと消える。
そこには、若葉の色をした。美しい竜が佇んでいた。
竜はその首をもたげ、私目の前へと顔を近づける。その口元でキラキラと1枚の鱗が輝いていた。
風がそよぐ音のように、心地の良い声が響き渡る。
「妾の鱗を1枚やろう。
親しき隣人よ、お主の竜は・・・狂っている。
どうにもならぬ時は、我が名を呼ぶと良い。」
彼女はその大きな頭を、私の頭にのせると、ではの。と言い。飛び立って行った。
「アレクトラ!
ありがとう!!」
風の飛び立った方向へ、声を投げると、優しい風が頬を撫でた。




