竜のお話 前編
前後編の2編になります。
静かな夜だった。
まだ、夜中だと言うのに目が覚めてしまって辺りを見渡すと、彼の姿は見当たらない。
そういえば寝床はこの1つしかなく、それでいて2人で寝るには狭いし、彼はいつも横になった私の隣に座り込んで眠るまで他愛ない話を聞かせてくれるが、彼はいつどこで眠っているのだろうか。
いつもなら、こんな好奇心はそっと閉まっておいたと思う。
けれど、今日は彼の聞かせてくれた寝物語が耳奥に残っていた。私は寝床をそっと抜け出した。
その日の寝物語は、珍しく竜についてだった。
「そうだね、今日は白銀の竜について話そうかな。」
「あら、珍しいのね」
「今日、君は気づかなかったかも知れないけれど、遠く南の果てで古き竜が天へと還ったんだ。」
「・・・一番星が出てきた頃?」
彼の横顔が、少し悲しそうな表情を描く。
彼はどこか遠くを見つめたまま、そっと私の頬を撫でた。ひんやりとした、その手の感触に目を閉じると訪れる暗闇。
「そう、やっぱり、わかるんだね。うん。
彼とは古い付き合いで、僕がこの川に居着く前に居た場所からの知り合いだった。」
「竜っていうのは、その特徴をよく表す種族で
彼は白銀の、それはそれは美しい鱗を持った竜で、奇跡を起こす・・・時間に干渉する魔法を使うんだ。」
「とても、珍しいんだ。僕のような水竜は割とどこにでもいて、僕は彼が羨ましかった。
僕は自分の意思では水を操り、少しの氷を作ることしか出来ないからね。鱗も、よくいる水色だ。」
「竜の世界では、魔力の強さはそのまま自分たちの価値なんだ。珍しければ珍しいほど、重宝される。
きっと、お互いに関わることのなく生きる方が当たり前だったんだけれど、ある事件をきっかけに僕と彼は仲良くなったんだ」
それはまだ、僕が竜として半人前くらいだった頃の話。
竜にはいくつか巣穴があり、妊娠した雌の多くは自分の育った巣穴か番の育った巣穴へと戻り、しばらくをそこで過ごす。
それは、僕ら竜にも子どものうちは外敵からの危険がある為だ。
そんな巣穴の1つで、僕はもうすぐ旅立ちの日を迎えようとしていた。
逸る気持ちを抑えきれず大人達の目を盗んで、そっと巣穴の外へと羽ばたき、近くの川で遊んでいると近くで大きな魔法の気配を感じた。それは、川の向こう岸にある森の奥からで、ここからでも分かるくらい大きな炎が上がっていた。木々の燃える匂いを風が運んでくる。
その炎の魔法を撒き散らしている存在が、こちらへ近づいてくる。が、僕は余裕をかましていた。
いくら僕が小竜でも、古き竜の正統な血を引いているしなにより水竜だから油断していたんだ。普通は火は水には弱いからね。
森の木々を吹っ飛ばし、炎を吐き出しながら出てきたのは、火竜だった。
それも、金色の瞳の繭の竜だった。竜には2種類あって、竜と竜の間にできる古き竜と呼ばれるものと、繭の中から生まれ変わってくる繭の竜がいるんだ。
繭の竜は、生まれ変わる前の記憶を持っていたりして混乱して暴れたりするものがいると大人たちに聞かされてはいたけれど、実物はその時初めて見た。
彼は、たしかこう言った
ダマサレタ・・・コロシテヤル・・・モドシテクレ
その時はよく分からなくて、なによりテンパっていて魔法を発動したんだ。
幸い目の前は、竜の巣穴の近くあり魔力の潤沢な川。
思いつく限りの技をその火竜にぶつけてやった。
けれど、金色の瞳の火竜は痛みや疲労を感じないかのように、そこで炎まき散らしていた。
僕の魔力が底をつき始め、吐きつけられる炎を避ける足が覚束なくなり、このまま殺されてしまうのではないかと恐怖が心を支配するのを必死で振り払った。
そうして、少し火竜が弱った頃に彼はやってきた。
「やっと見つけた!」
頭上に現れた彼は、なんの迷いもなくその貴重な魔法を発動した。途端、世界は止まり眼前の火竜は炎を吐き出しながら静止していた。
僕ら竜は、生まれながらに多くの魔力を有してはいるけれど、それも無限ではなくて僕らは依り代から少しずつ魔力を還元する。つまり、時間から魔力を吸収する彼の魔法はとても貴重なものだった。
けれどそんなことはどうでもいいと言わんばかりに、なんの迷いもなくその力をふるった。
彼は、僕の横へ降り立つと尻尾で僕の翼をペちペちと打った。
「無事でよかった!でもダメだよ!!森に繭狂いの竜が逃げ出した話は昨日聞いたばかりじゃないか!!!」
彼は、遠くから何度か見た事があるだけの僕を本気で心配しているようだった。
静止した異様な世界の中で彼はぷりぷりと怒っている。心配させておいて失礼な話だが、その姿が愛らしく全然怖くない。
僕の聞いていない間に一通りのお説教は終わったのか、彼はふぅと短く息を吐き出すと言った。
「さて、逃げるよ。」
「倒さないの?」
「・・・・・・君は、彼が何をあんなに怒っているのか知らないで、彼を殺すことができるの?」
「え?」
彼の言葉が予想外で、うまく反応が出来なかった。
たしかに、あの火竜は怒っているようだった。そして、生まれ変わる前に戻りたがっているようにも見えた。
「でも・・・熱いのも、痛いのも、死ぬのも嫌だもの。」
僕はなんだか情けなくなって俯いて言った。
すると、彼は少し笑ってこう言った。
「そうだね、じゃあやっぱりこのまま逃げよう。
これ以上酷くなるようなら大人たちが、上手くやってくれるよ。
君の魔力もそろそろ限界でしょう?いくら循環が利くといっても良くないよ」
「・・・わかった。」
そうして、僕らは時間の停止した奇妙な空間を飛んで巣穴へと戻り、彼の魔法が解けた後大人たちに事の次第を報告し、こってりと叱られ、これでもかという程に心配された。
「そのあと、彼とは旅立ちの日までよく遊ぶようになって・・・」
ここまで、流暢に思い出を語っていた彼の口が鈍る。私は目を開けて声を掛けたいのを堪え、じっと、彼が次の言葉を紡ぐのを待っていた。
「良く考えれば、僕がここに来てからの300年ほど会ってなかったんだなぁ・・・
そうか・・・1度会いに行けばよかった。」
彼の声が悲しそうに、辛そうに震えていたから、目を閉じていても、彼が静かに泣いていることがわかった。
私は何も言わずに彼の手を握った。
後半へ続く




