洞窟の中で
「ロベリア、君の身体がそうなったのは
君の心がそうなりたいと望んだからなんだ。」
バレリアンが、私を抱きしめたまま語り出す。その様子がまるで、内緒話をする恋人たちのようだと思って心の中で笑った。
竜と個人、その間に生ずる竜の加護は、共にあり続け願いを叶えること。
いつかの少女と水竜がそうあったように。
「7才のロベリアは大人が怖かったんだね。あんなに優しかったのに、最後の時まで触れるその手は温かかったのに・・・信じていたのに裏切られたのは、きっととても辛かった。」
握りしめたこぶしに自然と力がこもる。
私の竜が、目を見つめて言葉を口にする。それは、あの頃のロベリアの感情で、もう私のものではなくなってしまった感情。
「大人たちに侵されないために、大人になりたかった。
けれど、あれらと同じになるのは怖い。だから、あくまでも大人の少し手前のこの姿になったのかな。」
「ロベリア、竜の加護は君の望みを叶える。
だから、君が望むなら、君は僕が朽ちるその瞬間まで・・・」
バレリアンが、固く握っていた私の手をそっと解し開いていく。
彼の説明に耳を傾けながら、ずっと頭の中で考えていた。
私の心は、きっとどこかでおかしくなってしまったのだ。
世界の理に反して大きく変わった、身体と心。
何かどす黒い感情が、身体の中でとぐろをまいている。これはいつかのロベリアが抱いた感情。この感情がいつ芽生えたのか、覚えてすらいないけれど、私はこの感情の名前を知っている。
<憎悪>
世界の全てを呪うような、運命や悲劇すら殺そうとするほどの、嘆きと絶望。
ただ、殺されるために生かされるのは、私の心を殺していくのに充分だった。
けれど、たしかに自分の中にある感情は、もうはるか昔に置いてきてしまったモノのように感じられて、どう向き合えばいいかわからなかった。
それに、もういいのだ。だって、私の竜がこれからはずっとそばに居てくれる。もう二度と、私は何にも侵されない。
バレリアンの言葉を思い出すと、自分の中の感情がすぅっと薄まっていくのが感じられた。だから、その時の私はもうそれでいいと思うことにしたのだ。
もう、なんだっていいのだ。私は、彼と生きていくんだから、昔のことなどこのまま忘れてしまえばいい。
「バレリアン、この谷へは7年ごとに私のように女の子がくるの?」
気持ちを切り替えようと、かねてからの疑問をぶつけてみる。興味があった、過去の生贄たちがどうなったのか。
彼は私の顔を覗き込み、私の顔から不安定な色が抜けたことを確認すると、いつものやんわりとした笑顔で応えた。
「うん、季節こそ変われど、違わず7年ごとに行われているね。」
彼は私を抱き抱えたまま立ち上がると、もう一度、私をそっと椅子に座らせる。そうして、手際よく空になっていた2つのグラスにハーブティーを注ぐ。よく冷えたハーブティーがなみなみと注がれたグラスを受け取り、1口飲み込むと気分がすっきりとした。
彼はそのまま、定位置である向かいの席に座って、言葉を繋ぐ。
「けれど、全ては救えない。」
少し悲しそうな笑顔で、彼はハーブティーを飲んだ。
そうして、言葉をさぐるように少し考えて、私に少しずつ説明をする。彼は、その整った指先で、テーブルを撫でながら言った。
「ロベリアのことを助けられたのは、君自身の魔力のおかげだよ。
僕ら古き竜は、自分の依り代以外からも、少しだけれど魔力を循環させるから、君の嘆きが伝わっていた。」
「そう・・・」
こくりと、ハーブティーを飲み込むと、爽やかな香りが鼻を抜ける。今の話題とのアンバランスさに違和感を感じて、すぐにどうでも良くなった。
もう、問題など何も無いように感じた。
私はここで終わりが来るその時まで、バレリアンと静かに暮らしいていくのだ。
それは、優しくあたたかい未来だ。
ようやく、ロベリアは
幸せになれるのだ。




