洞窟の中で
ふと目が覚めると、いつもの場所で眠っていた。けれど、周りに彼の気配はない。
ゆっくりと起き上がり、自分の手足を眺める。
記憶よりも大きく長くなった四肢、心なしか膨らんだ胸に、伸びた髪。
あぁ、夢ではなかった。
突然、身体が大きくなってしまったことに驚いていた。とても驚いた。
だけど、よくよく考えてみれば、だからなんなのだと言うのだ。
帰る場所がある訳でもなし、精神的にも少なくとも7才の頃よりは幾分マシだもの、別に困ることは無い。泣きじゃくって、喚き散らして何かが戻る訳でも無いのだもの。
むしろ、憧れていた大人に1歩も2歩も近づいたのだ、喜ばしいことだと思うことにしよう。
身体の中にあるモヤモヤとした違和感を振り払うように、強引に結論づけた。
「あぁ、起きたんだね。
おはよう、ロベリア。」
ご飯の乗った器を抱えて、彼が現れた。危なっかしい持ち方をしていたので、慌てて寝床を抜け出し彼の元へ駆け寄った。
そうして、彼の持っていたものを無理のない範囲で奪い取ると、そっとテーブルの上に並べた。
少し躊躇ったあと、彼の方を振り向き、私は彼と約束をする。
「おはよう、バレリアン。
食べたら私の話を聞いてくれる?」
「もちろんだよ、ロベリア。
君の望む限り。」
バレリアンがあんまりにも神妙な面持ちで頷くものだから、それが面白くて、大袈裟ね。と笑った。
いつもと同じように食卓につき、トマトのスープと鳥の香草焼きを食べる。そこに今日は会話がない。
静かな食事が終わると、私はバレリアンの目をじっと見つめた。
当然のようにバレリアンも見つめ返してくる。いつもの穏やかな表情をしていることに安心して、私は口を開いた。
「あのね、まず・・・身体と、たぶん心もなんだけど
大きく?・・・成長していることに関しては、まあいいかなと思っているの。」
バレリアンがなんとも言えない表情でこちらを見つめてくる。
口を開こうとした彼を手で制止して、私は続けた。
「あのね、身体が大きくなったところで別に困ることは無いし、まあいいかなって!
そりゃ、びっくりはしたんだけど・・・なんか、寝て起きてみたら違和感もないし、むしろ今まで感じていた違和感がなくなってすっきりしたくらい。」
「ロベリア・・・」
何かを言おうとする彼に、喋らせまいと言葉を繋ぐ。もう、私は彼の顔を見ることも出来ず、俯いたまま矢継ぎ早に結論を伝えた。
「むしろ、あなたが水竜ってことの方が驚きよ。」
そうして、話の矛先をすり替える。もう、私に関する話はお終いよ、と声には出さずに微笑んでみた。
するとバレリアンは、私の話を聞きながら何かに納得したのか、柔らかい笑顔で応える。
「ロベリア、君が望むなら僕はいつでも竜に戻るよ。
あぁ、けれど待って、その前に一つだけ。」
バレリアンが、眉根を寄せてこちらをじっと見つめるものだから、どうしたの?と尋ねると、彼はこう言った。
「身体の具合は、もう大丈夫なの?」
パチクリと瞬きをした後、ふふっと笑ってしまった。そんな心配を、決められた年の子に何かあっては困る、という意味合い以外でされたのはいつぶりだろうか。
きっと真剣に聞いてくれたのに、失礼だろうと笑いを抑えようとするが、止まらず
気づけば、それは嗚咽に変わっていた。
「あぁ、ロベリア。どうして泣いているの?」
立ち上がり、こちら側へと回り込んでバレリアンが心配そうに顔を覗き込む。しゃがみこんで目線を合わせてくれるが、上手く目を合わせられない。
「うれしくて・・・もう、お父さんもお母さんも心配なんてしてくれないのに・・・優しくて、心配してくれるのが・・・うれしくて・・・」
「・・・ロベリア」
ちがう、これは7才の頃のロベリアだ。
彼の言葉や態度は偽りではない気がしたから、失ってしまった家族や友人の温もりを思い出すから、寂しくて・・・それでも、嬉しいと感じているのは、私じゃない。
私の中にそんな、感情は・・・もう・・・。
はぁ、と深く息を吐いて、バレリアンの手を握る。
「バレリアン、誓って」
「何を誓えばいい?」
「私に嘘をつかないって、1人にしないって」
そんな、呪いのような誓いにはなんの意味もないのに、誓ってくれるわけがないのに、彼の優しさに縋ってしまいたくなった。バレリアンは私の目を見つめて、困った様に笑った。
私が前言を撤回しようと、唇を開き息を吸ったのを見てバレリアンはそっと、私の手を握り返すと私の足元に跪いた。
そして、私の愚かな願いを叶えるべく、それらを誓った。
「古き竜が1つ、バレリアンはここに誓う。
僕は君を愛し、誠を尊び、君を1人にしない。」
バレリアンの薄い唇が、私の手の甲に触れた瞬間に足元から青白い光が浮かび上がる。
彼の強大で静かな魔力。それは、2人を包む風の檻のようだった。
「これは、古の誓い。どちらかが輪廻に帰るその時まで約束は違うことは無い。」
やがて青白い光は収縮し、彼が口付けた場所に青白く光る紋様として残った。青い翼のような形をしたそれは、見たことも無い彼自身の翼に似ているような気がした。
「なにこれ、魔法みたい・・・」
思わず口からこぼれた言葉に、バレリアンは顔をほころばせて言った。
「魔法だよ」
2人してクスクスと笑い合いながら、抱きしめあった。
相変わらず彼の身体はひんやりとしていて、泣き疲れた身体には心地よかった。
彼にバレなかっただろうか、私の内にある、置き去りにされたままのロベリア。
そうして、私たちはそれが依存だと知りながら、縋り付きあった。




