第三章23 『異世界の食事』
夜の七時。
鈴ちゃんが時間を教えてくれて、俺たちは足を止めた。
「七時だって? 身体が現実世界より疲れにくいからどれくらい歩いていたのかわからなかったよ。外の明るさもわからないしさ。どうだい? 夕飯でも食べないかい?」
当然のように提案する凪。
「夕飯なんて持ってきてないだろ」
と、俺は凪に言う。
「それもそうか」
「いや、あるよ」
と、マイルズくんはジェスチャーでメニューを開いた。可視状態になってないから内容は見えないけど、手慣れた操作でマイルズくんはなにやら眺めている。アイテムの中身でも見ているのだろうか。
「食べ物も常備してるんだ。食べなくても大丈夫ではあるんだけど、一応ね。こっちの世界の食べ物も美味しいよ」
「マイルズさん、食べ物も持ってるんですね」
「すごいわ。長くプレイしてる人は違うわね」
「どんな食べ物があるの?」
鈴ちゃん、逸美ちゃん、俺、と三者三様の反応をみせると、マイルズくんはどこかのボタンを押したらしく、食べ物を出してくれた。
「この世界の物はファンタジーの世界観に沿ってるから、豪勢ではないけど。さあ、みんなここで座って食事にしよう。すぐに準備するね」
洞窟内の岩に座って、俺たちは食事にした。
マイルズくんが出してくれたのは、なんでもないクリームシチューだった。鍋や調理器具もあって、鍋をつって火にかけた。下のたき火は、なんだかキャンプをしているみたいだ。実際にキャンプをしたことがない俺にとっては、とても新鮮だった。
「シチューは栄養が簡単に取れていいんだよ。たくさんあるから、おかわりも自由にね」
いただきます、と俺たちパーティーは食べ始める。
「どう? 美味しいかな?」
マイルズくんに聞かれて、凪は即答する。
「うん。美味しいよ。最高さ」
くすっとマイルズくんは笑って、
「凪くん、食べてから言って」
「いや~。早く答えてあげないと悪いと思ってさ」
「食べずに適当なこと言うほうが悪い」
と、俺はつっこみ、マイルズくんに向き直った。
「でも、マイルズくん。本当に美味しいよ、このシチュー」
「そう。それはよかった。食べ過ぎると苦しくなったり、その辺は現実といっしょだからみんな適度にね」
マイルズくんが用意してくれたシチューは、家で作るシチューに比べてちゃんとしたルーを使ってない分簡素だけど、野菜が多くて野菜そのものの甘さがある。
「お肉も美味しいわね~。なんのお肉なの?」
逸美ちゃんに聞かれて、マイルズくんは笑顔で答える。
「モンスターの肉だよ」
「え……」
ぽとっと、鈴ちゃんはスプーンですくったお肉を器の中に落とした。
「な、なんのモンスター?」
戸惑いつつ俺は尋ねる。
「コブブタっていうブタのモンスターさ。美味だから食用としても人気があるんだ」
「……」
鈴ちゃんが言葉を失っている。俺も言葉が出てこないが、逸美ちゃんは見たこともないコブブタのことは気にしてないようで美味しそうに食べている。
マイルズくんがすでにモンスター図鑑に登録していると言うので、俺たちは図鑑を見ることにした。パーティーメンバーの誰かが登録していれば、それが共有される。そのため、俺たちは自分のメニューから確認した。
俺はつぶやく。
「へ、へえ。頭のコブに栄養が豊富に含まれているんだね」
「そうなんだ。コブブタは『木』の属性のモンスターでね、図鑑を見たら分かると思うけど、草食なんだ。そして、栄養の質がものすごく高い。だからぜひ食べてね」
そう言われて、逸美ちゃんと凪は、
「コブブタちゃんって可愛いわよね~」
「このキュートなビジュアルで栄養まであるなんて偉いぜ」
とか言って平気で食べ始めるが、鈴ちゃんはお肉だけには手をつけられず、俺は改めて生き物の命に感謝しながらいただいた。
ちなみに、ハネコにはミルクと小魚を用意してくれた。ハネコも「にゃふ~」と満足そうにしている。
食事しながらまた話をした。
いまの時間は、夜の九時過ぎ。
「今日は早めに休んで、明日早朝から歩くことにしよう」
このマイルズくんの意見にみんなも賛同する。
「でも、寝ている間に、モンスターに襲われたりしませんか?」
不安そうに鈴ちゃんが聞くと、マイルズくんがアイテムを出してくれた。
「聖水だよ。振りまいておけば、モンスターは近寄ってこない。効果は十二時間」
「さすが~」
「これで安心だね。ありがとう、マイルズくん」
逸美ちゃんと俺がそう言うと、凪が《モスクリフト》で昼間に買った寝袋を取り出して、その中に入る。
「よし! 寝よう!」
「そうだね。みんな、おやすみ」
俺たちも寝袋の中に入って、おやすみと眠った。
そして翌朝。
ゲーム内でも寝ることはできるのかと気になっていた俺だったけど、ぐっすり休んで気持ちよく目覚めることができた。睡眠を取って脳を休ませないと人間ダメだと言うが、こういう電脳世界にいるときにもそうなのだろうか。
現在、早朝の五時。
朝ごはんはまたマイルズくんが用意してくれた。
なんの変哲もないパン。
アイテムから取り出せるから準備も簡単だ。これがゲーム世界のいいところだな。
「マイルズくん、このパンは?」
「これはただのパンだよ。バターを塗って」
バターらしきものを渡されて、それをつける。
「ありがとう。いただきます」
もぐもぐと食べる。
「うん、おいしい。なんか普通のバターとは違う気がする。濃厚っていうか」
「まあね。この世界で生きている動物も、現実世界とは少し異なるからね」
「へえ」
凪と逸美ちゃんはよっぽどおいしかったのか、おかわりもしている。
パクッともう一口食べて、凪はほっぺたを押さえる。
「う~む、うま~い。いままで食べてきたパンの中で一番うま~い」
おおげさなやつだ。
「いつもなに食べてるんですか?」
お上品に食べる鈴ちゃんにジト目を向けられるが、凪は飄々と答える。
「開の家のパンは普通なんだ」
「悪かったな」
気づくとすぐにうちに来て、平気でくつろいでいるからな、こいつは。どうせうちは普通のパンを食べる普通の家庭だよ。
「でも、こんなバターどうやって作れるのかしら~。この世界の牧場に行きたいわ~」
「ソフトクリームも食べたいね!」
俺が反射的にそう言うと、凪はやれやれと肩をすくめる。
「開と花音ちゃんはソフトクリーム大好きだからね」
確かに、俺もソフトクリームは好きだけど、俺の妹の花音は俺以上にソフトクリーム好きなのだ。
ハネコにも朝食が与えられ、いっしょに食事を楽しむ。
最後に、凪がパンを口に入れて、俺たちは食事を終えた。
「さあ。今日も頑張ろうか」
俺が呼びかけると、みんなが「おー」と声を上げた。




