第三章20 『デスゲーム開始』
外に出た俺たちだが。
異変を感じて外に出てきたのは、俺たちだけじゃなかったようだ。
「なんだ?」
「妙だな。まだ昼間なのに」
「こんなこと、いままでなかったわよね?」
「ああ。夜になっちまったみてーだ」
この数人は、NPCではなく他プレイヤーだろう。
あまり人の多くない街だと思っていたけど、俺たちを含めた十数人が外にいる。
そして。
空を見上げると、突然――声が聞こえてきた。
「この世界は、新たな現実世界だ。そこに住む生物には意思があり、まぎれもなく生きている。おまえたちは、そこに閉じ込められた」
この声は、空から聞こえる。
まるでこの世界への巨大なアナウンスのようだ。機械が作った無機質な声。しかし、その声のどこかに、少し恐怖を感じる。
「え? なになに?」
別グループにいるお姉さんがうろたえている。
「落ち着け。まだ話は終わってないぜ」
俺の横でも、逸美ちゃんがぽつりと漏らした。
「どういうこと?」
「たぶん、外にいる誰かがプログラムをいじったんだ。そして、俺たちをゲーム世界に閉じ込めた。もしくは、コンピュータの暴走か……」
空からの声は続ける。
「もしこのゲーム世界から現実世界に戻りたければ、魔王を倒すことだ。そうすれば、閉じ込められたすべての人間を解放しよう。期限はない。しかし、ゲーム内で死んだらゲームオーバー。すなわち、本当の死に至る。このデスゲームのプログラム作動条件は、七つのアイテムのうち六つが、それぞれ誰かによって入手されること。この世界では現在、魔王が完全に力を取り戻すまでもう少しとなった。厳しい戦いが待っていることだろう。だが、ワタシはプレイヤーの活躍を期待している。楽しみにしている。それでは諸君らの健闘を祈る」
「ちょっと待って」
と。
俺の声が聞こえたのか、いや、そうじゃないのはわかっているけど、声は言った。
「言い忘れていたが、ワタシはこのゲームのゲームマスターだ。諸君らの様子は常に見させてもらっている。では」
そして、空が晴れていく。
凪が空から俺に視線を移して、
「開。これは大変なことになったね」
「ああ。そうだな」
マイルズくんが真剣な顔で口を開いた。
「ボクらはゲーム世界に閉じ込められた。クリアしないと出られないみたいだね」
「そうらしい。外の誰かがプログラムをいじったようだね。ゲームをクリアしないと、ぼくたちは本当に現実には戻れないぜ」
凪はクールな瞳を揺らぎなく俺に向ける。
俺たちの周りでは、他のグループの人たちがいまのはなんだったのかと話している。中には取り乱している人もいた。
マイルズくんが神妙な面持ちで考えていたが、ハッと思い出した顔になる。
「そうだ、潮戸さんに聞いてみよう。潮戸さんっ」
呼びかけるマイルズくんだが、窓は出てこない。これはログアウトが不可になったばかりか、外界との連絡口も遮断されたのか。
「そんな……」
鈴ちゃんがうなだれる。
頼りの潮戸さんとの通信ができないとなると、これは本格的に自分たちだけの力でなんとかクリアするしかない。
でもまさか、こんな展開になるなんて、思いもしなかった。
俺が凪を誘ったせいで鈴ちゃんまで巻き込んでしまった。これまでだって、俺たち少年探偵団はいろんな事件で危険な目に遭ってきた。だけどこれは謎解きではなく、命を懸けたサバイバルゲームだ。
いや、デスゲーム。
そう言ったほうが正しい。
口を開くが、なんて言ったらいいかわからず、俺は閉口した。
ただ、この状況については言わなければならない。
「みんな。俺たちは、五人で、外からのサポートなくしてクリアしなければならなくなった」
「他の組のクリアを待つって選択肢だってあると思うけど」
と、逸美ちゃんがおずおずと言った。
おそらく逸美ちゃん本人も思っていることだろうけど、俺は首を横に振った。
「《ソロモンの宝玉》ですらまだ三組。おそらく、俺たちが自力でクリアしたほうが早い。所長だって言ってた。俺と逸美ちゃんと凪がいて、半月くらいだって」
「そうよね。わたしたちプレイヤーが閉じ込められる期間に、制限はない。つまり、テストプレイ終了日に解放してはもらえない。とはいえ、半月もあればクリアできるのよね」
逸美ちゃんは、所長の超能力みたいに予言じみた推理力と俺の事件解決力を信じているけど、不安も大きいのだろう。逸美ちゃん、普段は楽観的なのに俺に対してだけは心配性だからな。
「うん。クリアはできるさ。まあ、死んだらアウトって縛りがあるから、半月じゃわからないけどね」
いくら同じく所長の言葉の絶対性を知っている鈴ちゃんも、さすがに恐怖は隠せない様子でチラと凪を見上げる。特に、凪に関しては、ステータスが異常に低いから、いつ死んでもおかしくないのだから。
俺も凪に目を向け、言葉を継いだ。
「つまり、凪お得意のネットとかを使っての情報収集ができないってことだ。このゲームの中だけで、俺たちはすべての情報を入手し、攻略することになった」
凪の情報収集能力は、もはやチートといっていい程だ。それで調べ上げられたら楽だったんだけど、そうは問屋が卸さない。
しかし凪は空を見上げて、
「その点なら気にする必要はない。ぼく、このゲームについては、あえて外では調べずに楽しんでいたから。むしろこれくらいじゃなきゃおもしろくないよ」
「先輩、おもしろくないとかそんなこと言ってる場合じゃないですよ!」
慌てふためく鈴ちゃんに、凪は余裕そうにフッと笑った。
「それくらいじゃなきゃ、クリアできないぜ」
確かに、一理ある。
いまも状況が飲み込めない者や、「うわぁ! ログアウトもできねェ!」と叫びうろたえて正常な思考力を失っている者もいる中で、凪は悠然としていた。
「やっぱり、凪くんはおもしろいね。ボク、ここでキミたちの仲間になれてよかった」
マイルズくんが信じ切ったような目で凪を見る。彼は、凪を評価しているみたいだけど、同時に、ただ観察しているようにも見える。また、凪だけじゃなく、俺のことも。
そう思ったとき、俺はマイルズくんと目が合った。
ふわっとした柔らかい微笑みを向けられ、俺は小さく息をつくように微笑を返した。
そして、みんなに言った。
「さあ。こうなったら、誰も倒したことのない竜だって倒さなければならなくなった。危険を冒してもクリアしないといけない。どうせ全部クリアするんだ。竜を退治するしかないよ。それに、返り血を浴びれば不死身になれるんだ。さっさと《ドラゴンの涙》を手に入れて、この世界から脱出しよう!」
「おー!」
と声を合わせて、俺たちパーティーは意思を統一してクリアを決意した。
俺たちはドラゴンを倒すため、《竜の谷》へと向かって歩き出した。




