第一章2 『VRMMOへの招待状』
「やあ」
颯爽と登場したのは、やはり所長だった。噂をすればなんとやら、所長は俺と逸美ちゃんを一瞥してから、窓を背にした所長の机に向かった。
「こんにちは、千秋さん」
と、逸美ちゃんは挨拶する。逸美ちゃんが所長を千秋さんと呼ぶのは、親戚だからである。いとこのお兄さんなのか叔父さんなのか、どういう親戚なのかは本人も詳しくは知らないらしい。ちなみに、俺は所長のことは所長と呼んでいる。
「こんにちは。お疲れさまです。所長、今日はもう仕事はないんですか?」
「ん。あるのだが、その前にちょっと寄っておこうと思ってな」
流れるような優雅な動きで所長は腰を下ろした。
「そうですか」
所長――鳴沢千秋は、先にも言った通り、《名探偵》である。神の頭脳とも言われ世界中から引く手数多、まさにマンガや小説の中の名探偵そのもの。警察にもその力を貸す日本が誇る世界最高峰の推理力。しかも、カンペキに均整の取れた美貌を持ち、背は一八〇センチ強で手足もスラリと長くスタイルもモデル並という、どこを取っても超人なのだ。変人だけど。
所長は長い脚を組みイスに背をもたれて、
「ところで、逸美に開くん。ちょっといいかい?」
「なんですか?」
「ん。私は今日からしばらく、海外を回って日本の北と南にも行かなければならなくなった。事件の進捗次第だが、一週間では帰って来られないと思われる」
「でしょうね。回るだけでも時間がかかりますから」
「千秋さん、海外ってどこへ行くんですか?」
逸美ちゃんに訊かれて、所長は一秒も考えることなく答える。
「イタリアのローマから始まり、ベルリン、パリ、ロンドン、ニューヨーク、ロサンゼルスだ。シドニーに寄って、日本は小樽と熊本だ」
「どんだけ回るんですか。世界一周旅行だよ。で、なにか俺たちに言うことでも?」
「そうだ。キミたちにちょっと頼みたいことがあってな」
所長はどこから取り出したのか、便せんに入った手紙を机の上に置いた。
逸美ちゃんが席を立って、その手紙を手に取った。
「これはなんですか?」
「ちょっとした依頼だ。といっても、事件ではない。《名探偵》たる私に、ゲームのテスターをしてほしいというものなのだ」
「ゲームのテスター?」
思わず俺が聞き返すと、所長はうなずいた。
「ん。仮想現実ってあるだろう? ゲーム内で、五感を再現するというやつだな。そのゲームのテストプレイヤーに選ばれたのだ」
「仮想現実――すなわち、バーチャルリアリティー。VRマシンを作っているというのはよく聞く話だけど、それが完成したってことですか?」
逸美ちゃんの問いかけにも所長は淡々と答える。
「完成ではなく、試作機ということらしい。しかしまあ、ほぼ完成形だ。テストプレイヤーが実際にプレイして問題なければ完成」
なるほど。俺は立ち上がる。
「つまり、そのテストプレイヤーを俺たちに代わってほしいって話ですか」
「ん。その通りさ。私はさっきも言ったように、海外を回らないといけない。テストプレイをする時間があるかどうかも検討がつかない。そこで、キミたちに頼んだのだ」
「でもなんで所長が選ばれたんですか? プロのゲーマーとか、ふさわしい人が他にも色々といると思いますけど」
「内容はVRMMOなんだが、ゲームには、単純なバトルだけではない、謎解き要素のようなものもあるらしくてな。いろんなプレイヤーに参加してもらって、ゲームの内容も調整したいのだそうだ」
「へえ。VRMMOで謎解きですか」
「殺人事件ではないが、どうすればクエストをクリアできるのか――これは充分に謎解き要素と言えると思うぞ。まあ、私が参加したらたちまちクリアしてしまうから、難易度調整もできんだろうがな。はっはっは」
嬉しそうに笑ってるけど、冗談じゃなく本気で言ってるんだよな、この人。そして本当にどんな謎でも解き明かしてクリアしてしまうのが《名探偵》鳴沢千秋なのだ。うん、所長が参加しなくて正解だよ。あっさりクリアされたらゲームを作った人たちが可哀想だ。
所長は俺と逸美ちゃんを交互に見て、
「ゲームの名は、《ルミナリーファンタジー》。どうだい? やってくれるかい?」
と聞いた。
チラと逸美ちゃんを見る。
「逸美ちゃんは?」
「もちろんわたしはオッケー牧場よ。見たいものもあるし」
「逸美ちゃんの語彙はたまに古いよね。で、見たいものって?」
と聞くと、逸美ちゃんは目を閉じてほっぺたに両手を当て、
「うふふ。ナイショ。着せたい服もまだ選べてないし。ああ、開くん可愛い。絶対に可愛くなるわ」
なんか変な想像をしているようだった。自分の世界に入り込んでいるっぽい。ちょっと声が漏れてるぞ。
逸美ちゃんが頬を桃色に染めて妄想しているその内容は考えないようにして、俺は所長に向き直った。
「まあ、おもしろそうだし、俺もいいですよ」
「そうか。共に参加できるテストプレイヤーは、私以外に最大三名までと言われていた。なにも予定がなければ、逸美と開くんの二人と参加するつもりだったが、あとの二人は誘ってもいいし誘わなくてもいい。好きにしなさい」
「はい」
まだ「うふふ~」と妄想して自分の世界から還って来ない逸美ちゃんから手紙を取り上げて、俺はその中身を見た。
ゲームのタイトルは《ルミナリーファンタジー》。
製作はマスターズ・カンパニーという会社。
どこだかの大財閥の傘下にある企業だったと思う。その大財閥についての詳しい話はあとで逸美ちゃんに聞いたが、大事なのは手紙の内容。
手紙には、五月の三日から八月の十三日までの百日間とある。
「もうとっくに始まってるじゃないですか」
「私は一度五月の末にゲーム内に入ってみたんだが、様子を見るに、私の推理では、十日もあればキミたちと余裕を持ってのんびり楽しみつつクリアできるだろう。むろん、私自身のハンデをつけてな」
百日というテスト期間をもうけたゲームを十日でクリアできると豪語するとは、さすがだ。しかもハンデつきだなんて。でも本当に、この人には大きなハンデがないとお遊びにもならないだろう。
残念そうに所長は肩をすくめて、
「そう思って八月からと思っていたが、あいにく参加できなくなってしまったのだよ」
所長の推理はいつも、どこから手掛かりを得たのかわからないくらいに凄まじく、正確だ。きっとその通りなのだろう。
「おそらく、開くんと逸美、そこに凪くんあたりがいて半月はかかるかなってところだ。だから、キミたちは学校が終わって夏休みに入ってから楽しんでおいで。その期間内なら、いつでもプレイできるからさ」
「なんで凪がそこで出てくるんですか」
俺が不服を顔に出しても所長はおかまいなしに笑うのみだ。
「相棒なんだろ?」
「違いますよ。あいつが勝手に言ってるだけです」
まあしかし、所長の言うように、夏休みに入ってからでも遅くはない。
「考えたら、逸美ちゃんは大学生だから七月いっぱいテスト期間だもんね」
「そうなのよ~。だから、八月一日の午前から行こ?」
「オッケー。俺も七月中は夏期講習があるから、キリよく八月からにしよう」
「うん。そうしよ」
終業式からの五日間は特別夏期講習みたいなものが学校であるのだ。特別進学クラス(通称選抜クラス)の俺は参加しなければならない。
そのため、八月からのスタートというのは、俺たち二人にとって最も都合がいい。
「あっ! 開くん。誰か誘っていいわよ。凪くん以外にあと一人」
「凪はいいよ。誘わなくて」
「どうして? 一番の仲良しなのに」
小首をかしげる逸美ちゃん。
「仲良しじゃないって。もちろん一番でも。それに、俺とあいつはそういう友達じゃなくて、探偵と情報屋っていう仕事仲間なんだ。逸美ちゃんは誘いたい人いないの?」
「わたしはいいの。こういうゲームは男の子のほうが好きでしょ?」
「まあ、俺は誰も誘わなくてもいいんだけどね」
俺と逸美ちゃんの話を聞いていた所長が補足した。
「ゲームは安全なものだと言っていたが、内容的には、中世ヨーロッパ風のよくある冒険物っぽいファンタジーな世界観だ。危険なステージやドラゴンのようなモンスターも出てくるから、いっしょに行くならタフな子のほうがいい気がするぞ」
中世ヨーロッパ風のVRMMO!
お城とか城下町とか、神殿とか祠とかダンジョンとか。RPGって言ったら、そういうのが王道だよな! でも、ドラゴンやモンスターみたいな危険な存在がいるとなると、迂闊には誘えない。
「まあ、せっかくあと二人誘えるんだ。逸美と開くんだけじゃなくて、友達も誘うといい。少年探偵団の誰かというのが妥当だろうな」
逸美ちゃんが両の手のひらを合わせて、キラキラした目で俺を見つめる。
「そうよ! 少年探偵団のみんなを誘おうよ~」
少年探偵団。
それは、探偵事務所で働いている俺と逸美ちゃんの二人に加えて、必要なときだけ集まってくれる四人の仲間――その計六人のチームだ。普段からよく探偵事務所に来ていっしょにくつろいでいることが多い友達みたいな仲間である。凪以外の他のメンバーについてはあとで説明しよう。
「でも、それだとさらに四人だから、誰か二人が参加できないよ?」
「そうだったわ~。残念」
と、逸美ちゃんは肩を落とす。
「逸美ちゃん。まだ時間はあるし、ゆっくり考えよう?」
「うん。そうね」
いなければ逸美ちゃんと二人で楽しい旅ができればそれでいい。うん、そっちのほうがいいかもしれない。
しかしVRMMORPGか。
ゲームの中に入るってどんな感覚なんだろう。
期待に胸が膨らむ。
俄然わくわくしてきたぞ。
柳屋凪
(以前作成したものに微修正を加えたもの。2018-12-10追加)
おまけマンガ




