第三章16 『ソロプレイヤー・マイルズ』
「つかまって」という俺の言葉が届いたのか、少年はうっすらと目を開けた。
意識はハッキリとしていないようだったけど、そのまま俺に手を伸ばし返した。
手と手が触れそうな微妙な距離。
俺はさらに思い切り手を伸ばした。
そして、やっと手が届いた。凪に振り返って、
「凪、ワープだ。二人の元へ」
共にワープをするには、術者である凪に触れている必要がある。また、術者に触れている人に触れていれば、同様にワープが適用される。
これで条件はクリア。
凪は、俺につかまれている右腕とは逆の空いている左腕でやれやれとポーズを取り、平静な顔で、
「開、キミってやつは人使いが荒過ぎるよ。ぼくは高所恐怖症なんだぜ?」
「緊急事態なんだ。つべこべ言ってる場合じゃない」
「はいはい。ワープ――鈴ちゃん」
すると、谷へと真っ逆さまだった俺たち三人は、ワープで空中から鈴ちゃんのいる崖の上へと舞い戻った。
「ふぅ」
地べたに座った状態の俺は、三人の無事を確認してため息をついた。すぐに逸美ちゃんが俺に抱きついて、
「開くん、無事でよかった。凪くんがいっしょで本当によかったわ」
「うん。俺は平気だよ」
「二人なら大丈夫だと思ってたけど、本当に無事でよかった」
いっそうぎゅっと抱きついてくる逸美ちゃんだった。
この《ルミナリーファンタジー》の世界の中なら、生き返ることができるのに、逸美ちゃんってば大げさなんだから。緊急事態にそれすら忘れているのかもな。そう思って、俺は小さく苦笑した。
俺に大きな胸をくっつけて抱きつく逸美ちゃんの胸を、隣にいた鈴ちゃんが一瞥して、自分の胸に目を落とす。それからジトっとした目を凪に向けて、
「先輩、なんでケロッとした顔なんです? 心配のし甲斐もないです」
「へへっ。鈴ちゃんは心配性だからそれくらいがちょうどいいや」
鈴ちゃんは片目をつむって腕を組み、凪を見る。
「心配性で悪かったですね。あたしはあんな風に抱きついたりしませんからね」
「知ってるよ。次はぼくが開に抱きつく番だからね、鈴ちゃんはぼくのあとにしておくれ」
「なんでそうなるんですかっ。もういいです」
凪は、「あはは。怒ってる」と笑って流し、まだ逸美ちゃんに抱きつかれている俺に水を向ける。
「ところで、さっきの男の子は誰なんだい? 開、キミの知り合いかい?」
「知り合いじゃないよ。知らない人でも助けられるときは助けるだろ。それも、命の危機だったらなおさら。たとえゲームの中でもさ」
「ふうん」
それから。
未だに俺に抱きついたままの逸美ちゃんに離れてもらって、気を失っている少年を四人で囲んだ。
「キミ。大丈夫?」
と声をかけると、少年は目を覚ました。
少年は優しそうなたれ目に穏やかな顔つき、背も意外と高い(一七八センチくらいだろうか)。ナイトやパラディン風の恰好で、装備はなかった。いまはアイテム覧にしまっているのかも。年も俺や凪と変わらないくらい。
ゆっくりと目を開けて、少年は言った。
「キミは……?」
少年に聞かれて、俺は名乗った。
「俺は開」
「ぼくは魔法使いナギ」
「魔法は使えないけどね。こんな見た目なのに」
と、俺は笑って補足した。
少年は苦笑した。
「あはは。うん。凪くんっておもしろいんだね。ボクはマイルズ」
今度はまだ自己紹介が済んでない逸美ちゃんが朗らかに微笑んで言った。
「マイルズくんっていうのね。よろしく。わたしは逸美よ」
最後に鈴ちゃんが挨拶した。
「あたしは鈴です。よろしくお願いします」
ここで、凪が話を戻した。
「さっきさ、キミが落ちそうになっていたところをぼくらが助けたんだ」
「そうみたいだね。ありがとう」
逸美ちゃんが一度リフトに視線を切って、
「でも、マイルズくんはどうしてリフトに乗ったのかしら?」
マイルズくんは振り返って、谷を指差して答える。
「ボクは、ドラゴンについてより詳しく知るために、この谷の向こう側からリフトに乗ってきたんだ」
「じゃあ、マイルズくんはドラゴン退治をしようとしているプレイヤーなのかい?」
「うん。そうだよ。凪くん、実はキミには三度も会ってるんだけど、気づかないかな?」
「ああ、思い出した。覚えてる覚えてる。ほら、確かマイルズくんだろ? あのときの。うん、あのときとまったく変わらないね」
と、調子を合わせる凪。
マイルズくんは苦笑した。
「やっぱり覚えてないか」
「先輩っ、三回も会った人に失礼ですよ」
鈴ちゃんに後ろから怒られても、凪はわかったフリした顔のままだ。そんな様子を見てマイルズくんはふふっと笑った。
「凪くんはやっぱりおもしろいよ。まあ、そのときも一言二言しか話さなかったし、もしボクのこと思い出したら教えて」
「了解」
と、凪は敬礼する。
覚えてないこと認めちゃったな。
それにしても、凪はいつマイルズくんに会ったのだろう。
しかも三回も。
街での情報収集をしているときに凪がふらりといなくなるのはよくあることだし、そのとき迷子にでもなったのかな?
まあ、それはいま気にしても詮ないことだ。推理するのに必要な情報もないことだし。
逸美ちゃんは聞いた。
「マイルズくんって外国の人なの?」
くすりとマイルズくんは笑って、かぶりを振る。
「名前はそれらしいかもしれないけど、ボクは普通の日本人だよ」
凪は頭の後ろで手を組んで言う。
「旅兎の人たちみたいなもんだろうね。ゲームで本名をそのまま使わないのはよくあることだよ」
逸美ちゃんはポンと手を打って、
「そうよね~。わたしたちは本名なんだけど、それはみんなにはナイショね」
あはは、とマイルズくんは苦笑した。
「わかったよ」




