第三章14 『底なしの谷』
再びゲーム世界。
なんだかこっちの世界のほうが、身体と頭の噛み合いとしてしっくりくるような気がしてしまう。最近、このゲームを始めてから、現実世界の記憶がちょっと曖昧な感覚を受けるのだ。まるでこっちが本当の現実のような感覚。
それだけ俺はこのゲームにハマってしまっているのだろうか。
「ま、考え過ぎか」
ひとりごち、俺はみんなと村の中を歩き出した。
まずは村をしらみつぶしに調べてみる。教会は昼前に行ったから、よろず屋、一般民家と順番に回った。
《モスクリフト》の村は小さいかと思っていたけど、回っているうち、村の後ろにあると思われた林も、村の一部だと気づいた。
林の後ろ側へ行ってみると、そこにはリフトがあった。
「だから、この村は《モスクリフト》っていうんだね」
「うん。あと、あれもその理由かも」
と、逸美ちゃんが指差す。
リフト乗り場の先を見れば、そこには――
大きな谷が広がっていた。
「まるで崖のような高さがあるね」
「そうね。リフトにはね、裂け目って意味もあるのよ。大地の裂け目になっているこの崖は、二つの意味でリフトを表現しているわね」
霧がかかっていることもあって、この谷の向こう側も、むろん底も見えない。また、谷には岩の柱が何本も立っている。もし霧が晴れていたら雄大な景色を見られたのかもしれないが、この底なしの谷は物言わぬ自然の壮大なスケールがある。
俺は目の前に広がる崖と霧とリフトを見て、
「この崖、すごいね。圧倒されるよ」
「霧で谷の向こうが見えやしない」
凪が遠くを見るように額に手をやる。
「そうしたら、モスクの部分はどんな意味があるんでしょうか?」
鈴ちゃんが聞き直すと、逸美ちゃんが教えてくれた。
「英語で、崖は『クリフ』。断崖絶壁って意味があるわ」
「それに、あの林の樹間に群生しているコケも由来になってるかも。コケは英語で『モス』だからさ」
と、俺も補足する。
「なるほど。色々と掛かっているんですね。それにしても、恐ろしい崖です」
「ほんとすごいわね。谷もとっても深そう」
「占い師のアナンさんは、北の街のさらに北に、谷があるって言ってましたね。向こう側は見えませんけど、谷越えはリフトでできちゃうんですね」
そう言う鈴ちゃんに俺はうなずき、
「見た感じ、向こう側まで、軽く五キロ以上はありそうだもんね」
「ぼくはリフトに乗ってみたい。乗ろう」
俺と鈴ちゃんが凪の左右の袖をつかむ。足だけバタバタさせる凪が動きを止め、ケロッとした顔で俺に振り向いた。
「なにするのさ。乗ろうぜ。ああ、そうか。なるほど。ぼくが迂闊だったよ」
「いいよ別に」
「スキー板を借りるの忘れてた」
「ちがーう! そうじゃないだろ。雪もないのにどうやってやるんだよ」
「じゃあなにさ。他に先にすることがあるのかい?」
「まずは情報収集っていつもおまえが言ってることだろ?」
「そうですよ、先輩。林からこっち側にも民家とかありますから、そっちから行きましょう?」
俺と鈴ちゃんに向かって、凪は提案するようにピッと右手をあげた。
「その前に一ついいかい?」
「ん? なに?」
凪は地面を見ては適当に大きな岩を手に取って、崖の淵に立ち、それを落とした。
「なるほど。音を聞くのか」
「それで深さがわかるものね」
「耳を澄まして聞いてみましょう」
俺と逸美ちゃんと鈴ちゃんも、凪に続いて谷の崖の手前まで来て、四人並んで耳に手を当て、耳を澄ませる。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
……が。
しばらくしても、まるで音がしない。
少しの不安がよぎりながら、俺はぽつりとつぶやいた。
「よっぽど深いみたいだね」
「もしかして、底がないなんてことはないですよね」
苦笑いになる鈴ちゃんに、凪はふっと笑い飛ばす。
「そんなバカな話はないよ。底なしのはずがない。それじゃどうやって《竜の谷》へ降りるのさ。なんとかなるって」
「それもそうよね~。なんとかなるわね、きっと」
逸美ちゃんは前向きだ。能天気にも聞こえるけど、凪や逸美ちゃんみたいな構えほうのほうがいいんだろう。
「うん。むしろ俺たちは、それをなんとかする方法をいまから聞いて回るんだ」
「よし。そうと決まれば、ちゃっちゃと情報を集めよう」
「相変わらず切り替え早いな、凪は。決まったのは情報収集するってことだけで、ドラゴン退治のために谷へ降りるかリフトで向こうに渡るかは未定だぞ」
しかし俺の話など聞いてない凪はもう走り出していた。




