第三章11 『右手の竜王』
凪は俺の問いに、飄々と答える。
「知らなかったよ」
「質問の仕方を変える。おまえはエマノンくんと、すでに顔見知りだったんじゃないか?」
「ほう。なぜそう思う?」
シニカルな笑みを浮かべて聞き返す凪に、俺は順を追って話す。
「不審な点が多かった。①『よ。いたのか』って挨拶は、外での知り合いにするものだ。さっきの『なんでこのゲームやってたんだろう』って言葉も、知人であるエマノンくんへの疑問だ。②自己紹介時に『エマノンって名前なのか。へえ』と納得したのは、彼の別名を知っていたから。エマノンというプレイヤー名にたいした意味はないって点にも同意していた。③エマノンくんは俺の推理力を知っていて、凪はエマノンくんの情報処理能力を知っていた。ついでに、おまえは分析についてもエマノンくんに説いていた。あれはおまえが普段からエマノンくんより上の立場にいて、彼の能力や特徴についても知っていたからだ。したがって、エマノンくんは凪にとって部下のような仕事仲間だと推定される」
凪は肩をすくめて言った。
「やれやれ。やっぱり気づいたか」
「そりゃあな。おまえに隠す気があれば、そもそもあんな絡み方はしないだろうさ。でも、なんで黙ってたんだ?」
問い詰めるが、凪はさらりと返す。
「だって聞かれなかったから。別に言うほどのもんじゃないしね」
「で、正確にはどういう関係なんだよ」
「友人。かつ仲間でもある。言うなれば、ぼくの右手。将棋に例えると飛車。いや、竜王かな」
竜王は飛車の成り駒であり、飛車以上に効きが広く、攻撃の要となる駒。
将棋盤では、開始時に飛車は右側に置かれている。
ゆえに右手。
つまり、凪の情報網の要になる存在。
右腕じゃなく右手と言ったのは、全幅の信頼を寄せているわけじゃないから。
手足とは部下に使う言葉だが、エマノンくんは凪をおもしろがっていた節があったし、本人の言うように友人なのだろう。
そう読み取ることもできるだろうか。
エマノンくんが凪に、このゲームをしていることを言わなかったのがその証拠。ここに、微妙な距離がある。
フランクではあるが、べったり忠実じゃない部下であり友人。
それが、俺が感じた凪とエマノンくんの関係性。
「ヘボ将棋、王より飛車をかわいがり。そうではないってことか」
そう言うと、凪は嬉しそうに微笑んだ。
「まあね。そんなところだ。いずれ別の事件で手が必要になったら、そっちのことを話すこともあるだろう」
「そっか」
とだけ言っておく。
凪は遠くを見て、
「たったこれだけのヒントでそこまで辿り着くなんて、やっぱりキミはぼくの相棒だよ。ぼくらの距離感まで見破られるとは思わなかった」
「え? お二人でなんのお話ですか? むむ」
と、鈴ちゃんが凪をじぃっと見る。
「なんでもないって。うさんく……怪しいと思われるような変な話じゃないよ」
「ちょっと先輩、なんのお話か教えてくれてもいいじゃないですか」
しかし。
うさんく……。
やはりそうか。
いま凪は、「うさんくさい」と言おうとしてから、「怪しい」と言い直した。それは、語感から名前の情報までバラすのを嫌ったから。本人の前ではうっかり口を滑らせていたけど、一応の配慮だろう。
凪は一度、エマノンくんのことを「でさ、うさくん」と呼びかけたことがあった。
おそらく、「うさくん」というのはホタルちゃんのモンスターであるマクロップのことじゃない。訂正してきたホタルちゃんへの軽い反応から、あれは間違えたわけじゃなく、ちゃんとエマノンくんのことを呼んだのではないかと思った。
字は、『兎砂』とか『兎茶』だろうか。
彼を右手と表現していたから、『佐』は当てない気がする。
また。
「旅兎みたいな自己主張が強い名前にするのもあれだし」
というセリフは、『兎』が誰かの名前から取っていることを看破したがゆえに出てきた言葉。
誰かとは?
決まってる。
凪が知っていた人物、エマノンくん。
だから、『兎砂』。
まあ、これはただの憶測だし、個人情報を暴こうとは思わない。
あえて聞かないことにした。
時が来たらわかることだ。
逸美ちゃんが前方を見て指差した。
「あら? 開くん、ライオンがいるわよ」
「え?」
ライオンのモンスター。
モアレオ。
四本の足と尻尾にシマシマ模様が入っており、逸美ちゃんの解説によれば、
「『モアレ』は『干渉縞』とも言って、規則正しい繰り返しの模様が、周期のずれで生じた縞模様を言うのよ。デジタル写真やテレビでもよくあるわね」
とのこと。
むろん、それにライオンの『レオ』をかけているのである。タテガミが電気を帯びたようにバチバチいっている。
「おそらく属性は『雷』。弱点を突けるのは『金』。俺たちの場合、金属系の武器で物理攻撃しておけば間違いないってことだな」
「そうね~」
「さっそく倒しましょう」
と、鈴ちゃんが気合を入れる。
高さは一メートル以上あり、ツムジカより強そうだ。
そして。
いざ気を引き締めて戦ってみると、俺と鈴ちゃんの物理攻撃によって魔法を使わずとも勝てたが、パワーがあって、戦闘後は逸美ちゃんに回復してもらった。
「はい、開くんの体力全快よ」
「ありがとう。しかしモアレオ、なかなか強いね」
「うむ。この辺のモンスターも仲間にしたいくらいだよ。本当に一匹だけしか仲間にできないのがもったいないぜ」
と、凪。
「ですね。それに、モンスターも強くなってきたとなれば、先輩はますます気をつけないといけませんね」
鈴ちゃんが笑いながら言うと、凪はふっと息をつく。
「ああ。これからおもしろいモンスターがまた出てくるから、見逃さないように気をつけないとな」
「そういう意味じゃないですよ」
ジト目で鈴ちゃんがつっこみを入れた。
逸美ちゃんが図鑑を見て、
「モアレオも他のライオンといっしょで、オスは縄張り争いで大変なのね~」
「そのせいでライオンのオスは長生きできないっていうしね」
すると鈴ちゃんが驚いたようにつぶやいた。
「あ、あたし、ライオンのオスって、メスに狩りを任せるなまけものなのかと思ってました」
「とんでもない! ライオンのオスは、メスが捕獲できないカバやキリンやバッファローみたいな大型の動物を狩るんだから。それに、子供たちやメスを守るために縄張りの外周に身を置いて、パトロールしたりもするんだよ」
俺が説明すると、鈴ちゃんが感嘆の声を上げる。
「開さん、よく知ってますね」
「だって開くん、ライオン好きだから詳しいんもんね」
と、逸美ちゃんが微笑む。
「むしろ、逸美ちゃんから教えてもらったことなんだけど」
「そうかしら~」
ふふっと逸美ちゃんはのんきに笑っていた。




