第三章5 『キヘイアリの襲撃』
街を出て北に進む。
草原には、クルックモやティラコなどの他に、新しいモンスターも出現した。
ミクロップ。
ウサギのモンスターで、垂れた耳が特徴の小さい身体。高さは十センチくらいだろうか。とても小さい。
「か、か、か、可愛いですね……! ほ、ほしい……。でも、ハネコちゃんが一番……」
と、鈴ちゃんが悶絶している。
凪はそんな鈴ちゃんには構わず言った。
「確か、ロップイヤーってウサギがいたよね。あれに似ているよ」
「そこに小さいって意味のミクロをかけたんだろうね」
俺でも欲しいと思う可愛さだし、鈴ちゃんが悶絶するのも無理はない。
しかし、可愛いモンスターは俺より凪のほうが好きだったりする。
「ぼくも、ひとり一匹連れられるんだったらミクロップをゲットしたいくらいだよ」
「へえ。そうなんですね! 可愛いですしね」
鈴ちゃんが笑顔で反応すると、凪は大きくうなずく。
「うむ。あの耳がいいよ。垂れ耳のウサギだしツインテールな鈴ちゃんにそっくりだ。可愛すぎるぜ」
「あ、あたしそっくり? きゃ、きゃ、きゃわいいなんて、しょんな……」
と、鈴ちゃんがうずくまって、さっき以上に悶絶している。肩に乗せてたハネコをぬいぐるみみたいに抱きしめてゴロゴロとローリング。ハネコはいつものように眠たげな眼差しでぽーっとしている。
逸美ちゃんはうふふと微笑む。
「鈴ちゃん、嬉しそうね。鈴ちゃんはウサギさん好きだもんね~」
「そ、そうだね……」
喜び過ぎだけどな。さすがうちのリアクション担当だ。ていうか逸美ちゃん、鈴ちゃんが喜んでいる理由はそこじゃないよ。
凪は鈴ちゃんのことなど見ておらず、ミクロップに近づき、背中を指先でくりくりと撫でている。
「ほうほう。いい触り心地~。鈴ちゃんと違っておとなしいところもポイント高いね」
などと言っている始末である。
とはいえ、鈴ちゃんはリアクションが大きいけれど、普段は大概おとなしくていい子なのだ。まだひとりでその辺をゴロゴロしているけど。
このあと、触られたことで、おとなしいミクロップが戦闘態勢に入った。
ミクロップは後ろ足で泥を巻き上げるようにした。
「ん?」
凪がのんきにその様子を眺めていたが、これは魔法攻撃だ。
「避けろ、凪!」
「え? わぁ」
一瞬反応が遅れたが、凪がギリギリで避ける。しかし、ミクロップの魔法は強力で、凪の横を通り過ぎた泥が地面に落ちると、穴をうがつほどだった。
「こいつ、見た目によらず強いぞ」
「《ラファール》」
凪が風魔法を放つが、ミクロップは小さく素早いので避けられる。凪の攻撃を避けたタイミングに俺が《雷火》を合わせることで倒した。
「まったく、ちゃんと気をつけろよな」
俺が呆れてため息をつくと、凪は薄い微笑をたたえて言った。
「わかってるって」
さらに。
ミクロップ以外にも、新しいモンスターが出現した。
つむじ風を起こすシカのモンスター、ツムジカ。
大きく十本ほどに枝分かれした角が特徴だが、その下にある大きな翼のような耳がつむじ風を起こすのに一役買っている。高さも俺や凪と変わらないくらいだから、これまでのモンスターと比べても大型の部類になるだろうか。
こいつは強かった。近づこうにも大きな角が襲ってくるし、距離を保って様子を見ようにも風魔法で攻撃してくる。特に角での攻撃をまともにくらったら、凪じゃリッキーのときと同様に即教会送りだ。
たくましい角で突進してくるツムジカを、俺は《天空の剣》で受け止める。
「くっ!」
「開さん、ここはあたしが!」
ツムジカを俺が押さえている間に、鈴ちゃんが《氷晶の鎌》で角の片方を刈り取った。
ただし、この一撃では倒せない。
ダメージを受けたときにできた隙を突き、俺が《雷火》を、さらに鈴ちゃんが《牡丹雪》の魔法を放ち、最後に俺が《天空の剣》で斬ってようやくツムジカを倒した。
鈴ちゃんがつぶやく。
「モンスターも、だいぶ強くなってきましたね」
「きっと、結構先まで進んできたってことなのよ」
と、逸美ちゃんが穏やかな笑みで言った。
「最初の川を挟んで別ルートもあるから、意外と位置的には中盤近くまで来てるのかもね」
凪の言う位置とは、地図の中での位置関係だろう。
この世界は、スタート地点から基本的には北に向かって進んでいる。南に行くのは、最初に一番簡単な《暗黒点の矢》を手に入れるときだけらしいし。
いま一度地図を見てみると。
「うん、やっぱり中盤に迫ってるね。サブクエストも多いみたいだし、終盤になる北のほうにも、まだたくさん街とかあるかもだけど」
俺がそう言うと、凪が歩き出す。
「とにかく割と進んできてるってことだろ。頑張ろうぜ」
これに俺と逸美ちゃんと鈴ちゃんがうなずき、俺たちは再び歩き出した。
しばらく歩くと。
草原と山の境に、小さな宿屋のような家がぽつんとあった。
「なんだろうね、あれ」
「宿屋かしら。行ってみようよ」
俺と逸美ちゃんが家のほうを見ていると、凪が後ろから言った。
「開。どうやら、お客さんみたいだぜ」
お客さん?
振り返る。
すると。
岩陰から見たことのないモンスターが登場し、いきなり攻撃を仕掛けてきた。
「奇襲か」
表示されたポップを見るに、登場したのは、キヘイアリというモンスターだった。
騎兵のように馬に乗り、槍を持ち装甲をまとったアリだ。体長が一メートル以上もある。騎兵隊のように四匹がいっしょになって隊を組んでいる。
「《ラファール》」
凪が即座に魔法を唱える。
しかし、持っていた盾で簡単に防がれてしまう。
もしやこいつら、かなり強いのか。
「くらえ!」
と槍で突いてきたところを、俺はひらりとマントをはためかせて避ける。
「なんですか? あれ……。しゃべりましたよ」
鈴ちゃんが怖々とつぶやく。
普通の野生モンスターであれば、しゃべったりしない。これまでは、魔王の手下であるタンタロスやカドゥケウス、もしくは特別なモンスターのメーデスなどしか言葉を用いなかった。
おそらく、キヘイアリは前者――魔王の手下だ。
奇襲を仕掛けてきたのが証拠。
そして。
キヘイアリが言った。
「おまえらが魔王様に刃向かう愚か者だな!」
「誰だ。おまえたちは」
俺が警戒しながら問うと、リーダーらしきキヘイアリが答えた。
「我々は魔王様の部下キヘイアリだ」
やっぱりそうか。
「それが一体なんの用だい?」
凪が冷静に聞く。
「《ルミナリー》の欠片が埋め込まれたアイテム、《ソロモンの宝玉》をこちらに渡してもらおうか。おとなしく渡せば悪いようにはしない」
やれやれ、と凪は肩をすくめた。
「あれはぼくたちが力を合わせてゲットしたお宝なんだ。はいそうですかと渡せるわけがないだろう」
キヘイアリは顔をゆがめた。
「そうか。話が通じないとなれば仕方ない。力づくで奪うまで! かかれ!」
「おう」
リーダーらしきキヘイアリの声に応じて、三匹もこちらに向かってきた。
俺は凪をチラと横目に見て、
「なにかのイベントか?」
「おそらく。ぼくらがカドゥケウスを倒したから、二匹のヘビが報告に行って、魔王にぼくたちパーティーが認識されたんだ」
「邪魔者は倒して《ルミナリー》のアイテムを奪うってことですね」
「あの二匹のヘビの役割はこれだったのね」
凪、鈴ちゃん、逸美ちゃん、と順番に理解して、俺はうなずく。
「そうみたいだね」
敵の数もこちらの人数と同じ。
ひとたび《ルミナリー》のアイテムを手に入れると、魔王の手下と戦うイベントが発生するようになるらしい。
俺たちは、キヘイアリとの攻防を繰り広げる。
もちろんのことだが、野生のモンスターよりも強かった。
二、三回攻撃すれば勝てるその辺のモンスターとは違う。けれど、カドゥケウスのようなボス級の強さじゃない。
このキヘイアリ程度なら、ピンチに陥るほどでもなさそうだ。
「魔王がぼくらに差し向けた刺客は、今後も全部倒す必要があるな。《ラファール》」
「面倒になりましたけど、やるしかありませんからね。《牡丹雪》」
と、凪と鈴ちゃんがキヘイアリと戦いながらそんなことを言う。
俺は二人に指示を出した。
「凪と鈴ちゃんの魔法はあまり効かないらしい。物理攻撃に切り替えよう」
「おう」
「はい」
俺は逸美ちゃんと目を合わせた。
逸美ちゃんはうなずく。
「《攻撃上昇応援》」
目を合わせる。それが合図。
逸美ちゃんが俺に応援魔法をかけてくれたので、俺はキヘイアリ全体に向けて《天空の剣》を振るい攻撃した。
「《国士無双》ッ!」
これで攻撃力が四倍。
「えいッ!」
鈴ちゃんが《氷晶の鎌》で敵の一体――リーダーを薙いだ。
これでもまだ倒せない。
「フッ!」
と。
俺は《天空の剣》で一閃。
まず、キヘイアリのリーダーに対して《攻撃上昇応援》の効果が得られるよう、こいつを先に。それから残りの三匹をいっぺんに斬った。
「ぐぁあ!」
四匹が火花を散らして爆発した。
カチャ、と剣を鞘に収める。
すると、キヘイアリたちはポリゴンが崩れるエフェクトと共に消滅した。
鈴ちゃんがはぁと息をついた。
「奇襲には驚きました。結構厄介でしたね」
凪は片目をつむって言った。
「今後もやつらはぼくらを付け狙う。それも、どんどん魔王の刺客も強くなっていくだろう。とはいえ、魔王軍がぼくらを脅威に思ってると考えれば、悪い気はしないね」
俺は小さく息をつく。
「まったく。プラス思考なやつだよ、おまえは」
「こうなったら、早くすべての《ルミナリー》を集めたいわね」
逸美ちゃんがそう言って、俺はうなずく。
「うん。頑張ろう。さあ、まずはあの宿屋へ行ってみようか」




