第二章28 『蛇神カドゥケウス』
俺たちが入ったのは、大きな部屋だった。
奥にはまた、扉があり、その先にも部屋があることが見て取れる。
しかし。
この部屋の真ん中には、ヘビのモンスターが目を瞑り、腕を組んでたたずんでいた。
名前は、カドゥケウス。
表示されているのはやはり名前だけで、HPゲージはない。
ヘビといっても、カドゥケウスは二足歩行の獣人型モンスターで、二本の尾がヘビになっており、まるでケリュケイオンのように下半身に巻きついている。顔はややドラゴン風、タンタロスに似た、ボス特有のオーラがある。右手に持つ武器は、刃が鎌のように湾曲した形状の短剣――ハルペーだ。
やっぱりボス戦か。
「海賊と戦うだけじゃ、お宝はくれないみたいだね」
俺がつぶやくと、凪はにやりとしてうなずく。
「当然。そうこなくちゃおもしろくない。ステージの最後はボス戦。それがお約束で、わくわくするってもんさ」
「だな」
それには俺も同意だ。
逸美ちゃんがこの部屋の中央に鎮座するボスを見て、
「あのモンスターの名前――カドゥケウスは、ヘルメスの杖《ケリュケイオン》の別名よ」
「だからヘビが巻きついてるんですね」
と、鈴ちゃんが言った。
凪が目を細めて、
「なるほど。これは、やるしかないな」
さらに一歩進み出る。
すると。
目を閉じて鎮座していたカドゥケウスは、目を開け、凪を見据えて言った。
「来たか、人間よ。そちも知っているであろうが、この部屋の奥にある扉の先には、《ルミナリー》が埋め込まれた宝玉がある。ワタシはそれを守る者。誇り高き蛇神。名はカドゥケウス。魔王様を封印するパワーを持つ宝玉を、ここに閉じ込め、外に出さないのがワタシの務め。宝玉が欲しければ、ワタシを倒してみせよ」
バトルが始まった。
セリフを言い終えるや、カドゥケウスは凪を攻撃する。
短剣ハルペーが凪の喉元へ伸びた。
「よっと」
凪は後ろに下がって避けた。
刃が届く寸前というところだ。
「先輩、危ないですよ。いきなり危機一髪じゃないですかっ。《韋駄天の翼》」
鈴ちゃんの補助魔法《韋駄天の翼》。
これによって、俺たちパーティーの素早さが倍になる。
パーティーメンバー四人全員の足首に翼が生えるエフェクトがついた。ついでにハネコのまんまるの身体にも翼のエフェクトがかかる。
「ハネコちゃん、《かぎしっぽ》」
ふわりとハネコは鈴ちゃんの肩から飛び上がって、くるりんとしっぽを丸めて、魔法を唱えた。
「ニャフ!」
《かぎしっぽ》
この魔法で、俺たちパーティーの運が上昇する。敵からの攻撃が外れやすく、味方の攻撃がクリティカルヒットしやすくなる。さらに状態異常にもなりにくくなった。
ふと。
俺は占い師のアナンさんの言葉を思い出した。
「鈴ちゃん、光る風を吹かせるんだ!」
「光る風?」
横目に俺を見て、鈴ちゃんが聞く。
「ハネコが使える、もう一つの魔法だよ! アナンさんが言っていた光る風は、それのことだったんだ。お宝を守る者――すなわちボス。そのボスが、俺たちの力を奪う攻撃を仕掛けてくることを、アナンさんは暗喩していた。いまこそハネコの魔法を使うときだ」
「なるほど! そういうことだったんですね! はい、わかりました! ハネコちゃん、続けて《風のカーテン》」
「ハニャ!」
ハネコが小さな羽をはばたかせる。
ふわりと気流が発生して風が黄色く光り、風のバリアが貼られた。
ハネコが唱えた風魔法《風のカーテン》。
その効果は『戦闘中、敵からの状態変化魔法を無効にするバリア。ただし、攻撃によって生じた追加効果はその限りではない』。
つまり、眠らせられたり攻撃力を下げられたりなどの厄介な魔法をされても、風の壁が俺たちパーティーを守ってくれる。強力な補助魔法だ。しかも、《かぎしっぽ》同様、戦闘中は効果が永続してくれる。
これで。
アナンさんが忠告してくれた、俺たちの力を奪うことへの対策ができた。
簡単に言えば――
相手から攻撃を、純粋な魔法攻撃と物理攻撃に絞れたのだ。相手自身が能力アップする魔法を唱える可能性もあるけど、ハネコのおかげで択を大幅に狭められた。
いまのところハネコが使える魔法はこの二つだけだけど、モンスターはバトルをこなすと技を覚えるらしい。可愛らしい見た目に似合わず、本当に心強いことである。
「ありがとう、ハネコちゃん」
お礼を言われて、ハネコはパタパタと俺たちの上空へと飛んで行き、攻撃を受けないように避難する。
鈴ちゃんは《氷晶の鎌》を構え、逸美ちゃんは《癒やしの杖》を構え、俺は《天空の剣》を引き抜いた。
「逸美ちゃんは後ろからフォローお願い」
「わかったわ。みんな、気をつけて」
「はい」
と、鈴ちゃんがうなずく。
さっそく逸美ちゃんが補助魔法を唱える。
「《フィジカルバリア》、《マジカルバリア》」
よし。
これで、物理攻撃と魔法攻撃を半減できる。
強力なボス相手でも、これならすぐにやられない。
そして。
くるんと《ケリュケイオン》を回して、凪はビッとカドゥケウスへ向けた。
「さあ。ぼくの魔法を見せようか」
カドゥケウスは冷静に問う。
「そちの杖、なにやら不穏な輝きが秘められているな。ワタシにこそふさわしい代物であろう。おそらくそちの魔法はワタシには効かぬ」
流暢にしゃべる姿は、タンタロスとは別のタイプの高貴さがある。
しかし、魔法が効かないってどういうことだ。
「つまり、同属には無効ってことか……?」
俺がそう口をつくや、凪は敵の言葉を聞いていなかったのか、魔法を唱える。
「《ラファール》」
風が巻き起きる。
それを、カドゥケウスは左の手のひらを向けると。
かき消してしまった。
「ワォ」
と、凪はクールに微笑む。
カドゥケウスは目を細めて言う。
「愚か者め。効かぬと言っただろう。そちにとって、ワタシは天敵なのだから」
「ゲームじゃよくあるよね。同じ属性で打ち消し合ったり、抜群でダメージが入ったりすることがさ」
凪はまだ、余裕を持っている。
鈴ちゃんが不安そうに凪を一瞥して、
「だとすれば、先輩はこの闘いでは役に立たないかもしれないんですよ?」
「なに言ってるんだ。逆さ。俄然、有利になったじゃないか。ぼくがいるんだぜ?」
二人がしゃべっている間に、鈴ちゃんに向かってカドゥケウスが左手を向けた。
「《ブラスト》」
突き刺すような突風が、鈴ちゃんへと吹き込む。
凪の《ラファール》より威力は上だ。
「きゃっ」
が。
瞬間、凪は鈴ちゃんの前へと入り、《ケリュケイオン》の先を向けた。
と。
突風が、《ケリュケイオン》に吸い込まれるように消えてしまった。
「え……」
驚く鈴ちゃん。
凪はシニカルに言った。
「打ち消し合うのさ。《ケリュケイオン》同士相殺する。敵にだけ効かないってのも、理屈に合わないからね。どうだい? ぼくも大概、キミの天敵と言えるだろう?」




