第二章26 『水の仕掛け』
地下二階。
壁に沿って分度器型の石畳を置いたみたいに、半円形の床が盛り上がっている。
その上に、台座があった。
「もしかして」
凪が走って台座の上を調べる。
俺もいっしょになって見てみる。
「やっぱり、石版をはめるのにちょうどいい窪みがある」
「ほんとだ」
殺風景な広い空間はこの遺跡内の一階部とも似ているけど、空間自体が狭い。広さとしては地下一階と比べて半分くらいだろうか。
鈴ちゃんも台座に触れて、
「拾った石版は、ここにはめるんですね」
「さっそくやってみよう」
と、逸美ちゃんが笑顔で言った。
「だね。じゃあ、石版をはめるね」
メニューからアイテムを開いて、石版を取り出す。
そして俺は、石版をはめた。
すると。
「うわっ」
「きゃっ」
俺と鈴ちゃんが体勢を崩したところを、それぞれ逸美ちゃんと凪が受け止めてくれた。今度は逸美ちゃんにつかまる形になってしまった。
台座がある床が回転しているのだ。
逸美ちゃんにぎゅっと抱きついてしまったのを恥じらっている場合ではないが、俺は目線を外して、「ごめん」とだけ小さく言った。
「大丈夫よ。わたしは開くんを守るために来てるんだもん」
にこりと笑ってくれる逸美ちゃん。いや、守ってやらないといけないのは俺のほうなんだけどさ。でも、やっぱり優しいな。
「ありがとう」
「こんなに可愛い開くんを見られたんだもん、もっと抱きついて欲しいくらいっ。むしろわたしから抱きついちゃえ」
「は、恥ずかしいだろっ。もう」
「なーんて。冗談よ、うふふ。開くんったら照れない照れない~」
こんな恥ずかしいところを凪と鈴ちゃんに見られてないだろうか、と思って二人に目を向けるが、あっちはあっちでなにやら言い合っていた。
「せ、先輩」
鈴ちゃんが赤面して凪を見上げる。
すると、凪はまっすぐに鈴ちゃんを見つめて、
「鈴ちゃん、ダメじゃないか」
「す、すみません」
「ヒロインってのは勝手に一人で転んでも美味しくもなんともないんだ。一人で完結するのが許されるのはドジっ子だけって相場が決まってるんだ。ほんのちょっとしたことでも、ちゃんとぼくにもたれるようにだね……」
「な、なに言ってんですかっ、恥ずかしいっ」
「そうそう。恥ずかしい顔が大事なんだ。その点は合格だ。その他の点については、キミも開を見習うように。て、聞いてるのかい?」
俺はヒロインじゃねーよ。
はあ、と内心でため息がこぼれる。凪と鈴ちゃんの様子を見て、俺は平静を取り戻した。
「え、それって、あたしはどうすれば……」
こちらを見てくる鈴ちゃんに、俺は冷静につっこむ。
「どうもしなくていい」
それから。
俺たちは、床の回転に合わせて変わってゆく景色を、じっと確認するようにして待ち――
やがて、回転が止まった。
180度回った先にあったのは、上の部屋の半分の広さがある、ただの空間だった。おそらく、この台座が仕切りになって、部屋を半分に分割していたのだ。
「忍者屋敷みたいだ」
凪がぽつりとつぶやいた。
「そうですね」
と、鈴ちゃんがキョロキョロしながら返す。
だが、見るべき場所は、一か所しかない。
鈴ちゃんだけじゃなく、俺たち全員はその一か所――扉をまっすぐに見た。
「よし、行こう」
ここを行くしかないのはわかっているので、俺たちは、ドアを開けて進む凪に続いた。
「あら?」
逸美ちゃんが声を漏らす。
ドアの先には、まっすぐ伸びた道があり、さらにまたドアがあった。
このドアまでの道、左右には池や屋内プールみたいに水が張られ、左右の水の上には古びた剣と盾がある。それらを置く部分だけ床があるのか。
「意味ありげね、あの剣と盾」
「そうですね。イカダでも使わないと取りに行けなそうですけど」
むつかしい顔をする逸美ちゃんと、それに同意する鈴ちゃん。
「うん。いや、よく見ると階段もある」
と、俺は水中を指差す。水が綺麗なおかげで見逃さないで済んだ。顎に手をあて、
「ということは、イカダを使う以外にも水を引くための装置があるのかな」
「さすがは開。鋭いね。でもこの部屋にはなにもない。次に行こう」
いま解く必要もない謎には興味も関心もない凪は、さっさと歩を進めた。
俺たちはまっすぐ通り過ぎて、先にあるドアを開けた。
すると、またまっすぐに伸びた道があった。
まだまっすぐなのか。
この地下、上の建物とは違って、だいぶ広く作られているらしい。
ドアを通り抜ける。
出てすぐの場所は、少しスペースがあり、左右に像がある。
が。
今度は、左右に水はない。
左右には梯子で下に降りられるようになっていて、先ほどの剣と盾があったように、高くなった場所もある。ちょうど山と谷みたいになっていて、降りたあとにそこに登ればよいのだろう。一見しただけでは、特になにがあるかわからない。
「左右とも同じ感じだね。俺と逸美ちゃんが右に行くから、凪と鈴ちゃんは左をお願いね。なにかあったら教えて」
「わかりました。行きましょう、先ぱ……もうっ、また一人で先に行って。待ってください」
鈴ちゃんが凪を追って走り出し、俺と逸美ちゃんも階段を降りた。そして右手にある階段を登った。
「特別な物は置いてなさそうだね」
「床にはなにかあるみたい。スイッチかしら」
「おそらくね」
俺は左のほうにいる凪に呼びかける。
「凪のほうはなにかあった?」
「スイッチがあった。押すよー。ポチッとな」
「こらっ。また勝手に――」
呼び止める俺の声は空しく木霊し、カチっとスイッチが入る音が鳴った。
ゴゴゴゴ
と、なにかが動いた。
音の先へ目をやると、どうやら俺たちがこの部屋に入ってきたドア伝いの壁――その左下部が上がっているのだ。
壁が上がり、檻のような鉄格子が見える。
すると、勢いよく水が流れてきた。
そしてあっという間に凪のいる左側が水で埋まってしまった。凪と鈴ちゃんだけが狭いスペースの床に取り残される形になった。
「なるほど。さっきの部屋の水をこっちに流すスイッチだったのか」と理解し、俺は逸美ちゃんに向き直り、「そしたらこっち側もだね」
「そうね。開くん、こっちも押す?」
「いや、待って」
逸美ちゃんを制し、また凪に呼びかける。
「凪! もう一回スイッチを押してもらえる?」
「そらよっと。ぽちっとな」
再び凪がスイッチを押す。
すると、思った通り水は引いてゆき、さっきの部屋に戻って行った。
「開。なにかわかったかい?」
俺は片目をつむって、
「ああ。いまから作戦を言うよ」




