第二章20 『凪の黒魔法』
凪が《謎のオカリナ》をアイテム覧にしまおうとすると。
逸美ちゃんは言った。
「さっきの凪くん、笛を吹いてヘルメスみたいだったわ」
「へえ。ヘルメスって笛も吹くんだね」
翼のついた帽子とサンダルという稀有な恰好をしている凪を見かけて、ヘルメスオタクな少年がおもしろがって《ケリュケイオン》や魔法を与えただけだったりして。
なんて、いま考えても答えは出そうにないよな。
「それにしても、あのオカリナにあんな使い方があったなんてね」
俺がそう言うと、凪は得意げにウインクした。
「まあ、咄嗟の機転ってやつさ。意表をつくにはいいかと思ったんだ」
鈴ちゃんが呆れ顔で凪を斜に見る。
「ホントに凪先輩は人騒がせですよね。でも、魔法を覚えるなんてすごいじゃないですか。どんな魔法なんですか?」
「風を起こして攻撃してたよね? あと、アーゴスの首元についてた布は自分の意思で操ったの?」
鈴ちゃんと俺に尋ねられて、凪は思い出すように答えた。
「少年は、風魔法だって言ってたな。フランス語で『突風』って意味なんだってさ。それで、キミは能力が著しく低いから普通の風魔法じゃパワーが足りないからね、とか言ってたんだ。なんかぼくだけの特別仕様みたいなこと言ってたぜ。しかし失礼しちゃうよね」
俺は苦笑して、
「結構ハッキリ言う子なんだな」
「そうなんだ。ハッキリ言う子だった。で、アーゴスの布はラッキーだと思う。ハネコの《かぎしっぽ》の効果じゃないかな」
「やっぱりそうか。さすがハネコ」
と、俺がハネコを見ると。
「開さんに褒められてるよ」
鈴ちゃんはハネコを撫でる。本当に鈴ちゃんはハネコを可愛がっているな。ハネコのほうはまったりした顔で、心地よさそうにしている。
俺は凪に言った。
「ちゃんとした風魔法なのに、魔力0で使えるなんてすごいね。魔法打ち放題だよ」
「うむ。魔法のことならぼくに任せたまえ。この魔法使いナギにね」
一応、ワープと風魔法が使えたら、魔法使いといえるくらいにはなったか。
逸美ちゃんが拍手する。
「すごいわ、凪くん」
「ぼくは自在に風を操れるようになったのだ。わはは」
「自在は言い過ぎでしょ」
「魔力消費なしで使えるなら、もう一度やってみてくださいよ」
と、鈴ちゃんにリクエストされる。
「いいぜ。どら。さっきの手下の海賊が使ってたサーベルがまだ船の上にあるから、風の力で吹き飛ばしてみせよう」
凪が《ケリュケイオン》をかざしてサーベルに向ける。
「それっ! 《ラファール》」
が。
サーベルは動かない。
「あれ? おかしいな」
「先輩、さっきのはたまたま風が吹いたタイミングで魔法を唱えたフリしただけだったんですか? それとも、もうあれくらいに重い物だと浮かべることもできないとか?」
鈴ちゃんが普段のお返しと言わんばかりにニヤリと笑って凪を揶揄する。
黒魔法0のやつに魔力切れもないだろうけど、本当にどんな仕組みなんだか。コツがあってうまく発動できないのか?
ハネコも飽きてしまったのか、パタパタと飛んで船首に行き、まったり海を眺めている。ハネコが座るのにはちょうどいい形だったので、ハネコはリラックスしている。俺もハネコの横に行き、みんなの様子を見る。
その間も凪は、「《ラファール》、《ラファール》」と何度も魔法を唱える。
「ほーら先輩、もういいですから、終わりにしましょ」
楽しそうに皮肉っぽく笑って鈴ちゃんが言ったところで、凪が躍起になって《ケリュケイオン》を振り回しながら、
「《ラファール》」
と唱えた。
そのときだった。
ふわり。
鈴ちゃんのスカートがめくれて、パンツが丸見えになった。俺の位置からは見えないけど、真正面の凪からは完全に見えているはずだ。
「や、やった! やっぱり魔法が使えたぞ。成功だあ」
「軽い物なら持ち上がるのかもしれないわね!」
「あれはマグレじゃなかったのだ」
喜びの声を上げる凪と素直に感心する逸美ちゃん。二人とは対照的に、鈴ちゃんはぼっと顔を真っ赤にして固まり、遅れてスカートを押さえる。
「…………!」
「そーら。《ラファール》! 《ラファール》! 《ラファール》! 《ラファール》!」
「すごいわぁ」
何度も凪は魔法を唱えて、その度めくれそうになるスカートを押さえ続ける鈴ちゃん。
逸美ちゃんは凪が魔法を使えたことに「わー!」と拍手までしてる。
ついに、鈴ちゃんが怒鳴った。
「いい加減にしてくださいっ!」
力んで拳を握って声を上げたから、鈴ちゃんのスカートはふわりとめくれていた。それが元に戻り、凪はやっと我に返った。
「ごめんごめん。さっきの魔法がマグレじゃないってわかって、ついついはしゃいじゃってさ。いやあ、しかしいい魔法が手に入った」
鈴ちゃんはまだ赤面したまま、軽蔑するように凪をジロリと一瞥して、
「あんな卑猥な魔法のどこがいい魔法なんですか」
「ははっ。だからごめんって」
なんだこれ。大長編ネコえもんでも似たような光景を見たぞ。まったく。俺はひとり呆れてため息をついた。
「先輩、今後は魔法の使い方には充分気をつけるように。いいですね?」
説教する先生みたいな口ぶりの鈴ちゃんに、凪はケロッとした顔で答える。
「わかったよ」
「先輩、反省してます?」
「してるしてる」
「凪くんはいい子だもん、次からは大丈夫よね」
「もちろんさ」
「さっすが~」
「どうだか。怪しいですね」
俺は呆れながらおバカをしている三人の様子を見ていたけど、俺の隣にいるハネコは三人を見もしない。
「やれやれ。ハネコにまで呆れられてるよ」
と、俺は嘆息する。
さっきアーゴスからもらった地図に目を落とすと、ハネコが地図を覗いてきた。
「おそらく、遺跡の中にあるバツ印が、《ソロモンの宝玉》のありかだ。頑張ろう。頼りにしてるよ」
「ハニャ」
最初の《ルミナリー》――七つのアイテムを、手に入れてみせる。