第二章5 『ヘラクレスのリッキー』
ヘラクレスオオカブトのような、カブトムシのモンスター。
名前は、リッキー。
HPゲージもあるし、モンスターで間違いない。
体長は一メートル弱。いや、雄々しく伸びた角を含めれば、一メートル五十センチくらいだろうか。鈴ちゃんの身長がちょうどそれくらいだから、並んだら変わらないと思う(目線の高さは違うけど)。しかしこのサイズでも、シンプルなデザインだから怖くない。むしろカッコイイ。
「これはテンション上がるね!」
「これで上がらないほうがおかしいさ!」
俺と凪が夢中になってリッキーを観察しているけど、逸美ちゃんはうふふと微笑んで、
「わたしはテンション上がらないけど、二人が楽しそうで嬉しいわ。ふふ」
凪が俺に言った。
「昆虫って言ったら、戦うより捕まえないとだよね。でも、仲間にはできない。さて、どうする?」
「う」
確かに、仲間にはできないんだ。
しかし。
「やっぱり倒して、ドロップアイテムを確認だー」
凪は俺の返事も聞かずに、リッキーへと向かって走り出した。
「おい、まだ見ててもいいだろ?」
呼びかけるが、凪は止まらない。
凪はリッキーに向かって《ケリュケイオン》で攻撃した。
《ケリュケイオン》を振っての打撃。
だが。
キィーン
と、甲羅が響く音がする。
「お~」
リッキーの背中の甲羅は硬かった。
凪は攻撃した反動で手がじんじんしびれたのか、体をブルッとさせた。
その間に、ヒョイッと、リッキーが角で凪を投げ飛ばした。
「うわ~」
情けないようなやる気ないような声で凪が宙に浮く。
逸美ちゃんが口に手を当てる。
「やだ~。飛ばされちゃったわ」
凪のあまりの弱さに、俺は額を押さえた。きっと、画面の向こうで鈴ちゃんも頭を抱えていることだろう。
ドテン。
尻餅をついた凪が、悲痛の声を漏らす。
「いてて~、こんなのってひどいよー」
そして。
無情にも、凪のHPゲージがぐんぐん削れて(投げ飛ばされている最中も削れていたけど)、レッドゾーンに突入し、ついに0になってしまった。
逸美ちゃんが慌てて凪に杖を向けて回復魔法を唱えた。
「《ヒール》」
しかし。
手遅れ。
凪は、モンスターが倒されたときと同じように、ポリゴンが崩れるエフェクトと共に消えてしまった。
「…………」
「…………」
俺と逸美ちゃんは言葉を失った。
え……。
まさか。
嘘だろ……。
こんな野生のモンスターにやられるなんて、もしかして、このリッキーはものすごく強いモンスターなのだろうか。
我に返り、俺はリッキーに向かって走り出した。
相手の動きに注意しながら突っ込むと、リッキーが角で攻撃してきた。
それを《天空の剣》で受け止める。
重い。
かなりのパワーだ。
リッキーの角を弾くように薙いだ。
続いて、俺は《天空の剣》で斬りかかった。
ギィイン
リッキーの甲羅にヒットした斬撃は、しかと受け止められた。
削れたゲージは五分の一ほど。
防御力は高いようだが、代わりに素早さが低い。
リッキーの攻撃をかわしつつ、何度か攻撃を入れて、最後の一撃。
「ハァッ!」
スパッと一刀両断。
真っ二つにリッキーの甲羅が斬れて、リッキーはエフェクトと共に消えた。
俺は《天空の剣》を鞘に収めて、振り返る。
「こりゃあ凪が苦戦するはずだ」
とはいえ、凪がとんでもなく弱いことに変わりはないけれど。
逸美ちゃんが駆け寄ってきて、
「開くん、リッキーは強かった?」
俺はリッキーがドロップしたアイテム《リッキーの角》をアイテム覧に追加しておく。
「いままでのモンスターよりはね。こんなモンスターも野生で出てくるなんて、あいつこの先やって行けるのかな……。不安になってきたよ」
「開くんがいるから大丈夫よ」
あいつのおもりは勘弁してくれ。
逸美ちゃんはジェスチャーでメニューを呼び出して、
「とりあえず、リッキーはこれで図鑑に登録されたね」
「あ、そうか」
共有状態にした画面を二人で見ながら、逸美ちゃんはうなずく。
「うん。登録されてる。討伐したモンスターは図鑑に登録されるから、詳細はあとで確認しよっか」
「そうだね」
パーティー単位で一度でも倒したモンスターの詳細は、登録されて図鑑で確認できるようになる。ちなみに、見ただけのモンスターは、姿と名前のみが登録される。
これはちょっと、コンプリート欲さえそそられる機能だと思う。これで全部ゲットまでできたら最高なんだけど、それはきっとこのテストプレイ版ではなく、完成品でのお楽しみなんだろう。
ピッと、宙に窓が出現した。
鈴ちゃんが呆れ顔で言った。
「開さん、逸美さん、お疲れさまです。先輩のことは放っておいて、先に進んでください」
「そうだね。俺もそうしようと思ってたところ。凪が戻ってくるのを待ってもいいんだけど、あいつが森で襲われたらまた面倒だし、さっさとこの森を抜けよう」
「はい。ではまた」
と、鈴ちゃんが言い残して、窓が消えた。
俺は逸美ちゃんに向き直った。
「さて、じゃあ行こうか」
「気を取り直して、しゅっぱーつ」
逸美ちゃんが明るく声をかけ、俺たちは歩き出した。
一分ほどしたとき。
どこかでハナリアが美しいさえずりを聞かせてくれている中――
パッと。
俺たちの目の前に、凪が現れた。
「よ」
凪が片手をあげる。
立ち姿も平然としたものだ。
かと思ったら、凪は得意そうに言った。
「見てくれよ。このローブ、ちょっと見ただけじゃわからないと思うんだけど、実は中にもう一枚だけシャツ着てるんだぜ」
ぴらっとローブをめくって見せてくる。
「なんの話だよ」
凪はやれやれと肩をすくめる。
「キミはリアクションがうすいなぁ。順を追って話すとさ、ぼくが死んで《グリーントーレ》の教会に送られたとき、少年に会ったんだけど、その少年がぼくのローブを強化してくれたんだよ」
「それって、昨日《ケリュケイオン》をくれた少年?」
「わかんない」
小首をかしげる凪。
まったく、こいつときたら適当なんだから。人の顔を覚えるのが苦手なやつだからな。たぶんだけど、同じ人だろう。
逸美ちゃんも凪といっしょであまり細かいことは気にしない大雑把な性格だから、のんきに微笑んで、
「よかったわね~」
「ああ。これもぼくの日頃の行いさ」
「むしろ、日頃の行いが悪いからあんなステータスになるんだよ」
俺が普段から真面目な生活態度を心がけるように言い聞かせようと、口を開きかけたとき。
凪がまた、遠くを指差した。
「あっちになにか影があった!」
「え?」
「行こう!」
すぐに凪は駆け出した。
「おい、待てよ。迷子になっても知らないぞ!」
「開くん、追いかけないと」
ということで。
俺と逸美ちゃんは、またもや凪に振り回されるように走り出した。
しかし結局、凪が見た影はなにかの勘違いだったみたいで、俺たちはただ無計画に《迷いの森》を突き進んだだけだった。
「凪、どうするんだよ? 道がわからなくなっちゃっただろ?」
「元からわからなかったさ」
「それでもちゃんと道なりには来てたじゃないか」
「道なりに進んで迷うくらいなんだ、どうしたって迷うよ」
まったく、凪は本当にマイペースで困る。
逸美ちゃんが俺と凪に言った。
「まあまあ、二人共、焦っても仕方ないし、楽しみながら進みましょう? ただし、みんなから離れずにね」
これに俺と凪がうなずき、三人で森の探索を再開した。




