第一章34 『メーデスとガーニュ』
俺は凪に聞いた。
「それにしても凪、あのワープってなんだったんだ?」
「名前の通り、ワープできる魔法だよ。一度訪れた街とパーティーメンバーの元には行けるんだ」
「それはすごいな」
鈴ちゃんもうなずいて、
「ええ、それはすごいですね。でも先輩、魔力0で魔法使えるんですか?」
「もちろん。MPも使わないしね」
と、凪は胸を張る。魔力を使わないってことは、特別な魔法なのだろうか。
「しかし、あんな技、いつから使えたんだ?」
「わかんない」
本人もよくわかってないとは、やっぱり凪はどこか抜けている。おそらく、これは俺の予想だけど、凪がもらった《ケリュケイオン》に秘密がある。凪にそれをくれた人は、特殊なプレイヤーだったのだと思われる。
まあ、使える魔法が増えることはいいことだ。特に足を引っ張るだけのこいつに役割を持たせられるんだ。ありがたいどころかめでたい話である。
すると――
大きなワシが二羽、現れた。
体長五メートル以上はあるだろうか。
たてがみと長い尾は、二羽共オレンジ色をしており、全身は白い。
あの大きなワシには、タンタロス同様、HPゲージがない。しかし名前は表示されていた。
メーデスとガーニュ。
彼らは俺たちの元へと飛んできて、着地した。
HPゲージがないってことは、ボスキャラか?
いや、しかしそんな雰囲気じゃない。
メーデスが口を開いた。
「我が子をありがとうございました」
「あなた方のおかげです」
続いて、ガーニュもお礼を述べた。
声色からして、メーデスがオス、ガーニュがメスだと思われる。また、我が子という表現から、二羽はアルタイルの親だとわかった。そして、俺たちにとって敵じゃないこともわかった。
俺たちがなにか答える前に、アルタイルが逸美ちゃんの後ろからパタパタ飛んで、メーデスとガーニュの元へと移動した。
アルタイルもぺこっと頭を下げた。
「ありがとうございました。さっきも、ケガを治してくれて」
このアルタイルもしゃべれたのか。メーデスとガーニュもそうだし、魔王の手下の魔物以外のモンスターも、一部はしゃべることができるらしい。
いまのアルタイルの言葉に、メーデスとガーニュが反応した。
「さっきも? そうだったのか。これは、何度もお世話になりました」
「重ねてお礼を申し上げます」
俺は微笑を浮かべて、
「いいえ。それほどでもありません」
「あなた方が、このような山の中まで来てくださらなかったら、どうなっていたか」
と、ガーニュが表情を和らげる。モンスターにもこんなふうに表情があって、本当に生きているみたいだ。
メーデスは俺に聞いた。
「ところで、あなた方はどうしてこんなところに?」
俺は答える。
「噂で、《天空の剣》がこの《ファーブニル連山》の《ファフナ大樹》にあるって聞いて」
「その剣で魔王を倒してこの世界を救うため、まずは《天空の剣》が求めてここまで来たんです」
と、逸美ちゃんが続けた。
「なにか知りませんか?」
鈴ちゃんが問いかけると。
「そうでしたか。でしたら、ワタシが連れて行って差し上げましょう」
願ってもないメーデスからの申し出だ。
「本当ですか?」
「あなた方なら、あの《天空の剣》も使いこなせることでしょう。さあ。ワタシたちの背中に乗ってください」
「はい」
俺と逸美ちゃんはメーデスに促されるままに、二人で彼の背に乗った。
凪はひとりごちる。
「やはりイベントだったか」
「それじゃあ先輩、あたしたちも乗りましょう」
鈴ちゃんが《氷晶の鎌》をアイテム覧に戻して、凪と鈴ちゃんがメーデスの背中に乗ろうとしたとき。
ガーニュが呼び止めた。
「ステキな杖をお持ちね。羽がついた武器か箒があれば、空を飛べるようになる魔法をかけてあげられるのだけど、どうかしら? ただし、その魔法をかけてあげられるアイテムはひとつだけです」
《ケリュケイオン》を片手に持った凪は少し考えるが、鈴ちゃんに向き直って言った。
「鈴ちゃん、キミの箒がいいよ」
「あたしでいいんですか?」
「うむ。ぼくの《ケリュケイオン》は、空こそ飛べないけど、ワープができるしね」
「わかりました」
うなずき、鈴ちゃんは箒を取り出してガーニュに小さく頭を下げる。
「この箒でお願いします」
「あら。いい箒ね。わかりました。ワタシはこの子とここで待っているから、あなたたちはその箒に乗っておゆきなさい」
ガーニュの羽がすうっと薄くなった。まるで透けているみたいに。そして、鈴ちゃんの箒に白い翼が生えた。それも一瞬のエフェクトで、すぐに透過して見えなくなる。逆に、ガーニュの羽はちゃんと見えるように戻った。
「もしかして、これで飛べるんですか?」
鈴ちゃんは恐る恐る箒にまたがり、チラリとガーニュを見る。
「念じてください」
「はい」
目を閉じる鈴ちゃん。
集中するように息を整える。
――と。
「……わあ。あたし、飛んでる」
鈴ちゃんを乗せた箒は二十センチほど浮いた。
「本当の魔女みたいね」
「だね」
逸美ちゃんと俺が驚くそばで、凪は当然のように鈴ちゃんの後ろに、横向きに座り、足をぶらぶらさせる。
「へえん。こりゃいいや。早くいこうぜ」
「なに勝手に乗ってるんですか先輩」
「おいおい。あなたたちはその箒に乗ってって言われただろ? これ以外にどうしろっていうのさ」
「そ、それはそうですけど、背中に乗るスペースのほうが広いんじゃ……。はぁ、言い争っても時間がもったいないですし、今回は特別ですよ。変なところは触らないでくださいね」
「お構いなく~」
「構います! この人は本当にわかってるんだか」
と、鈴ちゃんはジト目でチラと後ろを見る。
「あいよー。じゃあ開。行こうか」
凪は俺に笑いかける。
うん、と俺はうなずき、ガーニュとアルタイルに言った。
「それじゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
「気をつけて」
二羽は俺たちを見送る。
「ではみなさん、行きますよ」
そして、メーデスは空高く飛んだ。